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そして、あの母の特別なポテトサラダ。自分が母となり幾度となく作ったポテトサラダが、手間ひまかけなければ作れない料理なのだと知ったこと。
それが父の愛情だった。
そして、それが母の愛情だった。
知るはずもなかった父と母の、ひとり娘への想いが、あの日階段で座り込み、羞恥に震えながら泣いた思い出を一瞬で塗り替えていく。
私は再度、テーブルの上を見た。
全国展開の店でデリバリーしたピザとパスタ。スーパーのデリカコーナーで選んだ、見栄えのいいオードブル。100均に彩られた部屋の飾り。
そして。
今ではそこら中に存在する、チェーン洋菓子店のイチゴのホールケーキ。
完璧で理想だと思っていた誕生日パーティーが、その苦く辛い思い出によって、みるみるその景色を変えていく。
「……はい、どうぞ。好きなのを取って」
掠れた声で、ケーキを皿へ移す。
「今日はミミちゃんのお誕生日だから、まずはミミちゃんが選んで!」
その提案に、まずは娘が選び、あとはジャンケンで決めた。
私はその様子を苦笑しながら見、カウンターへと戻り、ナイフを洗う。洗っている間中、長年の食堂経営で身体を壊して引退し、すでに年老いて最近では歩くのも覚束なくなってきた、実家の母と父の姿が浮かんでは消えていく。
私は息を飲む。
そして深く息を吐いた。
何度か深呼吸をし、壁に掛けてある時計を見る。取った時間休のタイムリミットは、あと一時間。
私はもう一度深呼吸し、とうとう心を決め、仕事用のバックからスマホを取り出した。
そして、私は今日、今年初めての有給を取った。
エプロンを腰に巻き、腕まくりをした。手を洗い、冷蔵庫の扉を開ける。
材料は揃っている。
目に飛び込んできた鮮やかな色のニンジンとキュウリ、そしてマヨネーズ。ジャガイモは食品庫から。ほくほくに茹で上がったジャガイモを軽くつぶし、薄っすらお塩と黒胡椒、そしてマヨネーズをたっぷりかける。
母の言葉が蘇る。
「ポテトサラダだって特別に作ったんだから、それがお誕生日ケーキってことにしてくれない?」
あはは!
あの時は悲しかった。けれどそれも今なら理解できる。
母と父の食堂も大忙しだったのかもしれないけれど、私だって仕事に家事に子育て、目の回る忙しさだよ。
それでも、親が子を想う愛情は、苦みや辛さの記憶となってでも、世代をこうも軽々と飛び越えていくんだな。
「ケーキの代わりがポテトサラダって! なんなの!」
あの時の悲しかった思い出も、大雑把な性格の母らしいことだったと笑い飛ばしながら、ジャガイモを丸ごと鍋に入れ、火にかけた。
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