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「はあそう。あんたの誕生日って、……」
母がカレンダーをめくる。今年の5月5日子どもの日は土曜日。『佳奈子誕生日』と前から書いてあったので、私は最近、5の数字に赤ペンで花マルを書き足しておいた。
それでも、私の誕生日は目立たない。誕生日なんて小学生にとっては一大イベントのはずなのに、店の厨房に掛けてあるカレンダーには、店の仕入れの予定がこれでもかというほどぎっしりと書き込まれていて、家族の予定など何事もなかったかのようにかき消されてしまう勢いだ。
そのころ私の両親は食堂を営んでいた。
『食事処 いろは』
その日のおすすめや定番の定食、一品料理などを出す、よくある定食屋だ。
食材の仕入れは、『八百屋』『魚屋』『肉屋』『青果店』『業務用スーパー』に及び、調理を担っていた父は、片っ端からそれらをはしごしている。何曜日にどこどこと、だいたいは決められてはいるが、チラシによる飛び込みの特売が入ったりするため、カレンダーはその都度書き加えられていく。
さすがに家族の誕生日は記憶されているが、母は一度、カレンダーに埋もれていた授業参観を、忘れたことがあった。
そんな母がため息混じりに言った。
「土曜日かあ。お店があるから、あんまり構ってあげられないよ」
表情が曇る。予想していた通り。朝から晩まで大忙しの食堂で、肉体労働に追われる母の苦労は知っている。一枚の暖簾とカウンターで分けられた厨房では、父が腰痛と戦いながら、際限のない調理をこなしていることも。
「……うん、わかってる」
だから、私はその言葉の意味を、十二分にわかっていたはずだった。
だとしても。
自分のお誕生日会は普通に執り行われる、心のどこかではそう信じて疑わなかった。
誕生日会の当日。店の二階、自宅のリビングには長机と座布団が用意され、長机の上には食堂で出している割り箸が、きちんと並べてあった。母が食堂の下準備に入る前に、用意しておいてくれたようだ。
集まりの時間になり、友達が裏玄関から階段を上りリビングへと入ってくる。
「おじゃましまーす。カナちゃん、これプレゼントね!」
「わあ、ありがとう!」
声を掛けたのは、5、6人ぐらいだっただろうか。次々にプレゼントを渡されて、私は王様にでもなったような気持ちになった。
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