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私は焦燥感にぐいぐいと押されながら、母にこう問うた。
「……ねえ、私の誕生日ケーキは?」
友達に聞かれまいと、小声になった。けれど、そんな様子の私に御構いなしで、母は私に言った。
「ケーキの代わりにと思って、ごはんを豪華にしたんだけど……ポテトサラダだって特別に作ったんだから、それが誕生日ケーキってことにしてくれない? ちょっと隣町までケーキを買いに行く余裕がなくって。ごめんね」
そう言って母は厨房へと戻っていった。
その背中を見送りながら、私は震える思いでその場に座り込んだ。
「……うそでしょ」
確かに当時、数少ない洋菓子店は、車で15分はかかる場所にあった。往復30分。洋菓子店のオープンの時間と、食堂の営業時間や仕込みのタイミングの兼ね合いを考えると、ケーキの購入は難しいのだということは、容易に想像できた。
けれど、私は今の今まで、自分の誕生日会は完璧に、最初から最後まで成功に終わると信じていたのだ。信じ切っていたのだ。まさか誕生日ケーキが用意されていないなんて、思いも寄らなかった。
宇宙語か何かかと思うほど理解に苦しむ母の言葉に、私の眉はみるみるハの字へと歪んでいった。
しかも今、友達の前に出されているのは、食堂の和食メニュー。全然オシャレじゃないし、こんなのキラキラな誕生日会じゃない。
『生姜焼き定食』『鶏の唐揚げ』『肉じゃが』は、お客さんが上手い上手いと言いながら食べてくれる人気メニュー。
『ポテトサラダ』は母が特別、気が乗った時に作る、オリジナルメニュー。
普段のただの食事であれば、これほど豪華なメニューはない。
けれど……。
私の中の不満や羞恥の感情は、空気をこれでもかと言うほど喰らい、どんどんと膨らみ続ける風船のようだった。
誕生日会なのに、誕生日ケーキがないなんて。
「…………」
怒り、悲しみ、恥ずかしさが、嵐のように渦巻いた。
主役の席から、見事に末席へと引きずり降ろされた、という思いしかなかった。
複雑な感情にとうとう心がぐちゃぐちゃになり、正常な部分がどんどんと削り取られていく。
(……どうしよう。ケーキがないなんて、恥ずかしい。みんなに笑われちゃう……)
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