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序章 すべての始まり
鳥の鳴く声で目が覚める。小川の音が気持ちいい。
『ん~』
ここは僕の住む村で、そこそこ大きい場所。
みんな仲が良くて、とっても優しいんだ。
稲を育てて、馬を育てて、芋を育てて。
農業をしながら僕はこの村で母さんと住んでる。
「優斗~、ちょっと手伝ってくれるかしら」
『はーい!』
外から母さんの声が聞こえる。
布団をたたんで、顔を洗って、ちょいちょいっと髪の毛を直したら
小川で洗濯物を洗う母さんに後ろから飛びついた。
『母さん!おはよっ』
「あらあら。おはよう、優斗。」
『何手伝ばえばいいの~?』
「あそこの、乾いた洗濯物をたたんでくれるかしら?」
『いいよ!』
ぱたぱたと走って、物干し竿の方へと進む。
かこん、と軽い音を立てながらほし竿を支えてる竿から外し
斜めにして洗濯物を取った。
家に戻り、洗濯物をたたんでいると母さんが小川から戻ってきた。
『あ、母さん!やっといたよ!』
「ありがとう。優斗は本当に優しい子ね。」
頭をなでられてうれしくなる。
僕はこの母さんのあったかい手が大好きなんだ。
『僕母さんのためなら何でもするよ!
剣だって握っちゃう!』
「ふふ。ありがとう。頼もしいわね~」
剣をふるうそぶりを見せると、母さんはしゃがんで僕と目線を合わせてきた。
「小さな優しい兵隊さん、一緒に朝ごはん食べませんか」
『食べる~!』
家に入り、囲炉裏周りのすすを払って、火をつける。
母さんが捌いてくれた魚を串にさして囲炉裏に並べた。
これであとは焼けるのを待つだけ。
「母さん少し行ってくるから、できたらよんでちょうだい」
『わかったよ。気を付けてね』
ふんふんと鼻歌を歌いながら、魚のいい匂いが部屋の中一杯になるまで
待つ。僕は魚が一番好きなんだよね~。
あっでも、この間おじちゃんにもらった桜餅も好き。
しばらくすると魚にいい焼き色が付き始め油が出てきた。
こうなればもう食べれるから、囲炉裏から魚串を外して
お皿に並べる。
『母さーん、できたよー』
『母さーん?』
ん?と思って外に出ると、母さんの姿は見当たらない。
声をかけてねってことはすぐ近くにいるんだと思ってたけど…
何か用事が出来たのかなぁ?
少しあたりを見回すと、母さんの草鞋が片方だけ落ちていた。
その先には獣道が続いている。
『うーん…でもお魚冷めちゃうし呼びに行ってあげよう!』
僕はその草鞋をもってずんずんと進む。
奥に進めば進むほど、木々が空を覆って涼しくなる。
べつに山ははじめてじゃなくて、いつも牧とか木の実とかを拾いに
小さいころから入ってるから慣れてる。
足元がちょっと濡れてるけど、雨でも降ったのかなぁ?
うーん…でも小川で選択したときは水増えてなかったけど…
日が当たらないから乾かなかったのかな?
まぁいいや。
『母さーん、いるなら返事してよー』
『母さーんどこー?』
母さんを呼ぶにも、一向に出てくる気配がない。
動物たちや鳥たちはいるのに、なんで母さん居ないんだろう?
そのままズンズン進みながら声を上げても、
母さんが答えてくれることがないままついに奥の細道まで来てしまった。
奥の細道は、村の人からも、母さんからも絶対に子供は
入っちゃいけないって言われてる場所で危ないんだって。
…でも、母さん居なかったし。
お魚も冷めちゃうから迎えに行かなきゃ。
ちょっとくらい、入っても怒られないはず。
『母さ~ん?どこにいるの?』
奥の細道に入った途端、鳥たちの綺麗な声は消えて
獣道よりももっと暗くなくなる。
そのまま少し進むと大きなお寺のような神社のような境内に
一人、女の人が拝んでいるのが見えた。
あの椿模様の服…、母さんだ!
『母さん!』
「ッ優斗?!どうしてここに…」
『母さん、お魚出来たよ。早く帰ろう?冷めちゃうよ』
「っあ、えぇ。そうね、ここにあなたがいてはいけないわ」
手を引いて駆け出した母さん。
そんなにお腹減ってたなら、言ってくれれば急いで用意したのに。
…でも、母さん草鞋を片っぽ置いて行っちゃうくらい
急いで何してたんだろう?
それに、あの建物はなんなんだろう……
「っはぁ、はあ」
『大丈夫?母さん』
はい、と草鞋を渡す。そしたら母さんはガシッと僕の両肩をつかんでいった。
「どうしてあそこに入ったの?
あそこは足元が暗くて見えずらいから危ないっていつも言ってるでしょ。
お前の身長じゃ草木の中で迷子になってても見つけてあげられないよ」
『…ごめんなさい、母さん。でも、お魚が冷めちゃうといけないと
思ったんだ。母さんが良くご飯は暖かいうちに食べなさいっていうから…』
母さんに叱られて胸のあたりがきゅっとしまる。
いつも待ってるばっかだから、呼べば母さん喜んでくれると思ったのに…
「…そうね。母さんも心配かけてごめんなさい。
ほら、早く一緒に食べましょう?」
『…うん!』
ご飯を食べた後、時間ができたから木の実と薪を拾う。
母さんはいつも夜にお仕事に行くんだけど、
なんか夜のお世話?のほうがお金がたくさんもらえるんだって。
僕が大きくなったら、母さんと一緒に僕も夜のお世話をして
お金を稼いで、楽させてあげるんだ。
母さんはお仕事に行くときいっつも笑顔だから、きっと楽しいんだろうなぁ。
『あ、お狐さんこんにちは』
「こんにちは。今日も元気かい?」
『うん。とっても元気!』
「そうかい。そらよかった。」
僕は昔から動物たちの声を聴く事が出来る。
できない子もいるんだけど…でもこのお狐さんとはずっと仲良し。
母さんにだけ教えた二人の秘密。
そばにいて守ってくれてる気がするんだ。
もしかしたらあの神社みたいな場所の神様なのかな?
「それじゃあ、あたしゃ行くからね。火元に気を付けて」
『?わかったよ!じゃあねー』
火元っていうのがどういうことなのかはわかんないけど、
こうして時々会ってはお話をしてくれる。
お狐さんはすごいんだ。
ここから離れたいろんなところを旅してきてる。
沢山危険もあるのに、ひと月二月もすれば戻ってきて顔を見せてくれるんだ。
僕お狐さんと話すの大好き。
そうこうしていると、日が傾いてきた。
はやく牧と木の実をもっておうちに帰ろう。
晩御飯の支度もしないと…
『母さん、ただいまー』
家に戻るとそこには母さんがいると思ったのにいない。
なんでだろう?この時間帯はいつも寝ててっていってるのに…
夜のお仕事なんだから寝とかないと倒れちゃうよ。
少ししたら帰ってくるかなと思って、囲炉裏に火をつける。
洗濯物をしまっていたら、後ろから布をかぶせられた。
『わっ?!』
「ふふっ、朝のお返しよ」
『もぉ~母さん!びっくりしたよ』
「ごめんなさいね。」
後ろでにこっと笑う母さん。
よかった、今日も笑顔だ。母さんの笑顔好きなんだよなぁ。
母さんはこの村一番の別嬪さんだよ。
「優斗、はいこれ。」
母さんが後ろから出したのは、椿の模様がかかった
小さな小箱。なんだろう?
『なぁに?これ…開けてもいいの?』
「えぇ。どうぞ」
そこには、綺麗な翡翠色の勾玉のついた髪留めが入っていた。
「八歳の誕生日おめでとう、優斗。」
『ありがとう、母さん!』
さっそく髪を縛る。シャリン、と鈴の音がしたけど…
勾玉にでも埋められてるのかな?
『どう?似合う?!』
「えぇ、とっても。気に入った?」
『うん!とっても嬉しいよ、母さん!ありがとう~』
「あらあら」
ぼふっと母さんの膝に飛び込む。
母さんは僕の背中をなでながら、包み込んでくれた。
とっても優しいこの匂いもまた僕の大好きな母さんなんだよなぁ。
椿模様の小箱もきれいで、これでお守りなんか作ったら
とってもよさそうだな………。
そんなことを考えていると、母さんが僕の頬に手を当てて
こつんとおでこを合わせた。
「優斗、強く生きてね。」
『?なぁに母さん。』
「どうかこの子がひとりぼっちの道を歩みませんように」
『くすぐったいよ母さん、心配しなくても僕は母さんのそばで生きるよ!』
「…ふふ、ありがとう」
母さんったら心配性だな?
べつにおまじないしなくても大丈夫なのに…
「さ!今日はごちそうよ。あなたの好きな桜餅もあるわ」
『ほんと?!嬉しい、やったぁ!僕お皿準備するね!』
「えぇ。たんとお食べ。私のかわいい愛息子」
『あ、ねぇねぇ。さっきの小箱でお守り作ってくれない?』
「あら、気に入ったの?いいわよ」
『そりゃ母さんの好きな花だもん!僕も好きだよ』
その日は、僕にとって忘れられない一日になった。
母さんからプレゼントをもらって、僕の好きな桜餅と
稲を炊いたまっしろなお米におさかなもたくさん!
_この時の僕にはわからなかった。
母さんがおまじないをした訳も、
勾玉から何故が鈴の音がするのも、
…どっか、母さんの顔が悲しそうなのも。
スー、スーと寝息が小屋に響く。
となりに敷いてある布団には誰もいない。
がたん、と戸が開く音で優斗は目が覚めた。
『ん…母さん、今からお仕事?』
「あら、起こしちゃった?ごめんなさいね。」
『ううん、全然…大丈夫、だよ。お仕事頑張ってね。
僕…も、おっきくなったら……』
うとうとしながら言ったから全部伝わったかわかんないけど。
大きくなったら母さんと一緒にお仕事するから…
「…ごめんね、優斗。」
それが、母さんと最後の会話になった。
ぱちぱちと火が燃える音で目が覚める。
夜なのにあたりが明るい、火事だ!
早く荷物をまとめて逃げないと……!
ぱぱぱっと荷物とごはん、持っていけるものすべてを抱えて家を出る。
幸いまだ僕の家に火はついてない。
母さんに早く知らせないと…!
母さんの仕事場は、村を下りた先にある街にある。
ついてきちゃダメって言われてたし子供は村から出ちゃいけないって
決まりだけど…
後ろではごうごうと火が燃え盛っている。
せっかくみんなで育てた芋も、稲も、頑張って立てた家も、倉も、
全部が燃えていく。村の人たちは家を守ろうと水をかけたりしてるけど
たぶんだめだ。……ごく、と唾をのむ。
母さんを守れるのは僕しかいない。
僕の家はまだ火はついてないけど多分時間の問題。
だから母さんに伝えないと…!
僕は意を決して村から一歩踏み出した。
走って走って、母さんの元へと急ぐ。
「あれぇ、どうしたんだい」
お狐さんがちょっと遅れて走ってきた。
僕が村から出ていくのが見えて追いかけてきたんだって。
『村が燃えてるんだ!僕の家はまだ大丈夫だけど、
母さんに知らせないと…』
「そうかい。背中に乗っていくかい?」
『え?でも僕そんなに小さく…』
お狐さんの方を見るといつもよりずっと大きくなったお狐さんがそこに。
…お狐さん妖だったの?!
『わぁっ、おっきいね!でもお狐さん母さんの仕事場知ってるの?』
「知ってるさ。君たちのことはずっと見ていたからね。ほら、早く」
狐さんの背中に載せてもらって、そのまま村を下った。
ふわふわしてて気持ちいい…じゃなくて、早く母さんに伝えないと!
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