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開幕_付喪神_
古くから、人々の手に渡り大事にされてきた物には
思いが募り付喪神を生む。
人は思いだけで神をも産んでしまうのだ。
___
『主様』
てけてけと慣れない和服に躓きながらも駆けよれば、
主様はこちらを向いて答えてくれる。
『それで、僕のお役目っていうのは…』
「あぁ。とにかく社に入るといい」
龍から降りると、その龍は姿を変えて一匹の狐へと変化した。
彼の名前は善。主様の使いの一神らしい。
白と黒の混ざった銀狐。
ちょこんと座った彼に手を伸ばせば、鼻を近づけて挨拶をしてくれる。
彼を両手で抱きかかえて社の中に入る。
社は山の中にある神社で、お社の中においてある鏡に手を伸ばせば
すぅと体が吸い込まれた。
目を開けたら、そこには桜が綺麗に咲いているお庭と、平屋が一件。
そこにはいろんな動物がいたけど、基本的に狐とか狸が多い。
「ここはお前の庭だ」
『僕の?』
「そうだ。神様の庭というものがあってな。基本的にここが家になる」
『僕の庭…こんなにきれいな場所いいの?』
「お前のためにつくるのが得意な神に頼んだんだ。
どうだ、気に入ったか。」
『…うん!ありがとう!』
桜の花びらが舞っている。
狐や狸達が丸まって仲良く何かを話している。
特に大きい一本の桜の木はとっても立派で見事なものだった。
「その木は、お前の力が続く限り一年中咲き続ける。
綺麗なものだろう?」
『うん。無茶苦茶綺麗…』
「払戸大神の中に気吹戸主神という神がおってな。
お前のことを話したらこの桜の木をプレゼントしてくれたんだ」
『すごいね…。ここが僕の庭ってことは、主様の庭もあるの?』
「あるぞ。いくつか転々と存在している。」
『へぇ~…』
「神の庭というのは、こうやって自分が作る庭のこともさすが
人間界において、大地で気に入った場所やもともと生まれた場所のことも
さすんだ。そういうところは地におりている神々たちの管轄の場所とも
なりえる。俺はお役目上いろんなところを回るからな。」
『だから転々としてるの?』
「そういうことだ」
すごいなぁ、はぇ~と思いながら平屋の縁側に近づけば、
善はぴょんっと飛び乗って座布団の隣に座った。
狐たちは相変わらず丸まって寝ている。
ここが僕の庭…
僕自身も座布団に座る。綺麗な太陽の光が心地い。
「それで、お前の役目について話そう。」
『お願いします』
主様も隣に座って、狐たちが持ってきてくれたお茶を僕に渡す。
僕はそれを受け取ってずずと飲みながら主様のお話を聞いた。
話が長かったから要約すると
主様は祓いの神様であるらしい。
主様は土地や人憑きと呼ばれる妖は勿論、人と関わり荒んでしまった神様や
鬼と成り果ててしまった神様なんかも祓うんだとか。
清めて、海や川に悪事を流すのがお役目らしい。
主様は話している間どこか寂しいような、悲しいような瞳をして
僕にいろいろと話してくれた。
そのお役目のために何百年も天に帰らず人の地で祓い事をしていること、
世界は広いこと、旅は面白いが時の流れは速いこと。
「俺には、もう時間がないんだ」
『時間?』
「そう。時間とは命。つまりは寿命だ。
神は人に忘れられない限り消えはしない。しかし、そのエネルギー
は無限ではない。俺はもうすぐ、そのエネルギーが尽きてしまう。
すると、俺以外の俺の役目を受け継ぐ存在が必要になる。」
『それが、僕ってこと?』
「神は消えはしない。だが、周期が存在する神もいる。
俺はその中の一人だ。エネルギーは無限じゃない。
俺が何もせずとも消えるだろうが、その後の新たな払戸の神は
また最初から始めることになる。」
『最初から…?無限…?』
よく理解が出来なくてこんがらがっていると、主様はまぁ要するにと
簡単に話してくれた。
人間が忘れない限りは消えないから、主様が消えてもまた新しい神様が
生まれるけどそれを育てるまでに時間がかかるから
自分が存在する間に僕を弟子として育てて、お役目を引き継ぐんだとか。
僕にはほかにない力があるから受け継ぐ事が出来ると主様は言ってくれた。
『ふーん…。それじゃあ、祈り子っていうのは?』
「まぁ弟子の他名称のようなものだ。祈ることにお前はたけている。
お前の母親も、お前を育てていた祖母も。血のつながりはないが、
あの村の女共は祈ることにたけていた。そういう縁なんだろう」
『祈ることで、けがれた土地や神様を掬うってこと?』
「そういうことになるな。それらすべてが完璧になった時、
お前は「子」ではなくなる。祈りの神様として、お役目を引き継ぐんだ。」
『うーん…なるほどとはまだ言えないけど……
でもそれが主様と母さんの願いなら僕やってみるよ』
「あぁ。俺もできうる限りのサポートはする。」
そうやって話していると、風が吹き始めて髪留めの鈴音が響いた。
主様はすくっと立ち上がって、少し待っていろというと
桜の木に触れて外に出ていく。
膝の上に丸まる善をゆっくり撫ぜながら、僕は桜の木を見つめていた。
『綺麗だなぁ』
ただ平穏で、静かで心地のいい僕の庭。
どこか主様のような安心感を感じる庭。
ずっとここにいたいと思ってしまうような、ここが極楽浄土だといわれても
納得できてしまうような美しく立派な桜の木。
幹も太く、枝先まで力が張り巡らされているような木に触れててみれば
包み込まれているような、母さんの子守歌のような安心感があって
ほっとした。
僕は祈り子として、これからを過ごす。
主様がいなくなっちゃう、その時まで。
なんだか少し前までただの子供として母さんの後ろをついて回っていたのに、
それが嘘のように思えて。母さんからおばあちゃんへ、おばあちゃんから主様へ。すごい方向転換だなぁとどこか笑いすら零れながら
僕は目の前に出来た新しい道を歩もうと決心するのだった。
「すまない。」
『主様。どうしたんですか?』
「さっそく仕事だ、優斗。お前の力を実際に扱ってみよう」
『え、でも僕何も知らない…』
「臆することはない。ただ祈る。それだけだ」
『…わかった。やってみるよ』
そういって主様の後に続いて外に出れば、善じゃない真っ白な龍と目が合う。
突然大きな龍の顔が目の前に出てきたから、思わずわぁって声をあげちゃったけど龍は怒ることなく僕と主様を背中に乗せてくれた。
彼女の名前は逗留。主様の式神なんだって。
いつも逗留にのせてもらいながら、現地に向かうらしい。
龍に乗ってる間、主様は僕に聞いた。
「お前は村にいた時大事にしていたものはあるか。」
『大事にしてたもの…?釣り道具とかは朝ごはんのために必要だったし、
とっても大事に扱ってたよ』
「そうか。時に、人と共に長く存在し思いがこもる無機物には
命が宿ることがある。それを付喪神というんだ。」
『聞いたことある、付喪神。守ってくれるんでしょ?』
「使い手が大事にすれば大事にするほど、その命は力を蓄えて
使い手を守り幸運に導いてくれる。」
すごいよねぇって感心しようとすると主様は「だが、」と言って付け足した。
「愛を愛で終わらせることは、極少数の人間にしかできないことだ。」
『愛を愛で終わらせる…?』
「人は生きるために変化を繰り返すだろう。
感情の変化、生きる環境の変化、着る者の変化、食べる物の変化。」
『うん。』
「当然それによって使う道具も、思う気持ちも変わってくる。
そこに他者が関われば猶更変化は共鳴して速度を上げていくだろう。」
『う~ん…?』
「例えばお前の友人がいたとする。
幼馴染としてずっと一緒にいたとしても、
環境が変わってしまえばずっと一緒にはいられなくなる。
それによって思いも変わっていく。」
『うん。』
「それを「変化」というんだ。
その変化の中で、どれを大事にするのか
どれを捨てるのか、人間は前に進むために判断している。
それを「進化」という。」
『進化…なんだか響きは遠い歴史の中のもののように感じるけど、
実はずっと身近にある物なの?』
「そうだ。」
主様の長い髪の毛が風に揺れて、太陽に反射してとても綺麗。
龍も真白な鱗がきらきらと反射して、まるで水面に揺れる陽の光みたいだ。
僕はまた前を向いて主様の話を聞いた。
「その進化は人間なるべくしてあるものなのだが…
故に一つのことを貫き通すこと、それを墓まで持っていくことは
とてもじゃないが無理な話なんだ。」
『…言われてみれば……古くなったものほど記憶から薄れていくし、
僕が5歳の時何考えたかなんて覚えてないもんなぁ。』
「そうだろう?そうして人間に忘れられていくと、普通は消えるんだ。」
『人間に忘れられちゃったら消えちゃうんだよね?』
「そうだ。だが、例外というものが存在する。」
『例外?』
「人の念はな、残るんだ。」
「念…つまりは思いによって生まれた付喪神は、
忘れられても存在していることが多い。大体別の付喪神に転生したり
するんだが、込められた思いが強ければ強いほど
ついている物から離れられなくなる。そして人を恋しがるんだ。」
『寂しいから?』
「そうだ。やがて、その”寂しさ”という思いと込められた”念”が
寂しさから不安へ、不安から鬼へと変化する。」
『鬼…』
「まぁ様々な者たちや種類があるが。すべて大きく一つにまとめてしまえば、
呪いを宿すものといったところだ。命あれば必ず存在する。」
『呪いか…なんか怖いな。』
「鬼となってしまった付喪神は、もう神ではいられない。
物の怪と変化して、人を襲い、土地を喰い、悪鬼と成り果てる。」
『………』
「そうなってしまったら、もう祓うしかなくなる。」
主様が僕にお役目のことを話している時に、ちょっと寂しそうだったのは
そういうことなのかな。人の思いから生まれたのに、忘れられて、鬼になっちゃって、もう神様にも戻れなくて、祓われるしかないって…
けがれは清めなきゃいけないってのは僕でもわかるけど。
なんだかとっても悲しい…置いてきぼりだな。
僕は少し暗い気持ちになってしまって、足元の逗留さんの背中をなでた。
暖かくて、すこし気持ちが落ち着いたころに
主様は続けていった。
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