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「だからお前の力が必要なんだ。」
『僕の力?』
主様は少しこちらの顔を見た後、ふぅと一息をついて目を閉じ
また前を向いて続けた。
「お前には祈ることができる。
祈りとは、簡単に言えば命あるものにしかできぬ呪術のようなものだ。」
『えっ、呪術って…悪いものじゃ………!』
「…そう思うのなら考えてみろ。呪術に必要なものはなんだ」
『呪術に必要なもの…?』
「どういう時、呪術を使いたいと思う」
『相手を呪いたいって思う時、相手を強く憎む思いがあるとき?』
「そうだ。つまりは、相手を強く思う気持ちが必要になる。
呪術、と言われて嫌なイメージしか湧かないのは、人間がそこまで
誰かを強く思う気持ちを使える「負」の心しか表に立たないからだ」
『えっ…』
「呪術。呪いは、本来神の使う”まじない”と読むんだ。呪いと言われれば
その不信感は薄れるだろう?」
『まじない………まぁ、確かにそうだけど』
「神の使う力が、術が悪いものの訳あるか。すべては使い手次第なのだ。
心も、思いも、力もな。」
『じゃあ、その祈りが必要?なの?』
「そうだ。」
主様の和服が風になびいてパタパタと音を立てている。
相変わらずお天道様に反射してまぶしい。
…だけど。
「お前は祈りに長けている。呪術が扱えるということだ。
呪術が扱えるお前ならば悪鬼と成り果てた神を掬うことができよう」
『神を、掬う?』
「そうだ。それが私の望みであり、お前の母親がお前に託した夢なのだ」
『母さんが託した夢…よくわからないけど。
それが僕に今出来ることで、尚且つ祈り子のお役目ってこと?』
「あぁ。誰かを思える気持ちは絶対的な力となる。」
『……』
ごくり、と唾をのむ。
なんで僕が祈れるのか、なんて聞かれてもわからないし
正直言ってまだ難しい気もする。
神様を掬うなんてそんな、そんなこときっとできっこない。
…でも。
『誰かが、主様や母さんが僕を信じてくれるのなら、
僕やってみるよ。
神様を掬う、なんて大層なことできる気がしないけど……』
『それでも、誰かを独りぼっちでいさせないことができるのかも
しれないなら、僕は僕を信じてやってみるよ!』
主様の方を向いてしっかりと目を合わせ、そう宣言すると
主様は少し安心したような、誇ったような顔をして
もうすぐ着くぞ、とだけ声をかけた。
神を掬うなんてよくわからないけど、それでも
もう誰かに置いていかれる悲しみは………
髪留めが揺れる。
琥珀さんやおばあちゃん、遊郭?のあのお姉さん。
そして、母さん。
頭の中にずっと今でも残る潰れた音。
_味わいたくないし、味わってる誰かを見るのも嫌だから。
(もとより、人間とはそこまで弱い生き物ではない。
人間であるお前なら、神をも掬えよう。
それが道理であり、人間という存在に備わった本来の力そのものだからだ)
しばらくして。
下の方に、森の中開けた場所が見える。
主様はそれを見ると逗留さんを下におろし始めた。
そこには村があって、いくつかのボロボロな小屋とその奥には
1件のお屋敷が佇んでいた。
なんだろう、あそこ…少しなにか他と違う…ような?
よくわかんないけど、地上に降りてみればそこには人の気配一つしない。
静かで、何処か寂しい場所だった。
とりあえず、と思いあたりを散策していると
茂みから急に手が伸びてきて僕をつかんだ。
『わぁっ?』
「なにしておる、早くこっちにくるのじゃ!」
『ちょっ、誰ですか?!』
主様を呼ぶまもなく、俺はそのお姉さんに引きずられて森から連れ出されて
しまった。お姉さんは下に降りたところにある小さな集落の中に僕を
引きずり込むと手を放して向かい合いなんと説教を始めた。
「お前はどうしてあそこにいたんじゃ!あそこは子供が入っていいところでは
ないぞ。この集落でも言いつけられてきているだろうが!」
『えっ、ちょっとまってください!僕はここの住人ではありません!』
両手で必死に違いますと訴えると、お姉さんはむ?といってこちらを
観察するように近づいてきた。
もしかしてこの人、僕の姿があんまりよく見えてなかったのかな?
「…確かに、お主のような少年は見たことがないな。
なんだ、お前のその恰好は?
巫女服か?どこかの坊ちゃんなのか?」
『いえ、僕の名前は優斗といいます。東の土地からやってきました。』
「なぜここにいるのじゃ。お前の親は」
『あそこに用事があって………。ここの土地では、付喪神なるものが
悪鬼となってしまっていると聞いてやってきたんです。
その悪鬼を掬うために。僕の親はいません。』
「悪鬼を掬う?付喪神?何を言っているんだ。ここらには蛇の化け物しか
いないぞ。親がいないって…どうやってここまで来たんじゃ?」
『ですから主様と…』
「まぁいい。さっさとこっちにこい、行く当てがないのなら妾が
面倒を見てやろう。家はこっちじゃ、行くぞ」
『ちょっ、待っ』
このお姉さん優しいんだけどちょっと強引で、
僕の腕をつかんでずんずんと引きずっていくもんだから
どんどん集落の奥に来てしまって
気が付いたころにはお姉さんの家でスープをごちそうになってしまっていた。
僕はこんなところでこんなことをしている場合じゃないのに…汗
どうやって説明すればわかってもらえるというのか……
「優斗、といったな。妾の名前は玉姫じゃ。」
『玉姫さん?』
「玉姫でいい。……あの村に用事があるといったな。何も知らないのなら
教えてやろう。」
『はぁ…、』
「あの村では、かつて私の母上とその配下たちが住んでいたんだ。
奥の一番大きな屋敷があるのは見えたか?」
『見えました。』
「あそこが私の母上の家であり、ある老婆の家であった。」
『老婆?』
「そうだ。母上は寛大なお人でな。
困った人に声をかけ手を差し伸べては配下にして仕事を与えたんだ。」
『へぇ、すごいですね。』
「あぁ。母上はとても、とても優しいお方だった。
…しかし、ある時母上は亡くなられお屋敷は母上の意向で
その老婆と夫に譲られた。二人はそこで仲睦まじく暮らしていたんじゃ。」
「しかし、時は流れ夫も死に老婆も亡くなったタイミングで
我々は山を下りてここに住み移った。
もとよりあの場所は仮住まいのような場所で、
長居するつもりではなかったんだ。……それから、あの屋敷には
蛇の化け物が住み着くようになった。」
『蛇の化け物?』
スープ美味しいなぁって思ってたけど、
なんだか急に話の雲行きが怪しくなってきた…
「妾や母上の配下があの屋敷へ遺品を取りに行こうとしたり
あの村に置きっぱなしのものを取りに行こうと
その蛇の化け物が現れてゆく手を阻むのじゃ。
何人もあの蛇に食われてしまった。」
『えっ…』
「あのような大蛇、誰も見たことがない。とても大きな、
巨大な力を感じる。」
『………』
その蛇が、主様の言ってた付喪神で悪鬼になっちゃってるっていう
神様なのかな…。何人も人を食べてるって言ってたけど、
そんな神様本当に僕の力で祓えるのかな?
「だからあそこには絶対近づいてはならん。
お主のような少年が…と思っておったが。なんじゃ、お主。
不思議な力を持っているようじゃの」
『あ、えっ?そうなんですか?』
「それにお主は巫女服を着ておる。お前女なのか?」
『いえいえいえいえ!僕は男です!』
「…まぁよい。お主はあそこで何をしようとしていたんじゃ。」
『…多分ですけど。』
お皿を置いて、玉姫の方を向く。
玉姫は綺麗なお嬢さんで、年齢は多分僕と同じかちょっと上くらい。
綺麗な髪に白い肌がとっても素敵な…母さんとはまた違う感じの
美人さんだ。てっきりお姉さんかと思っちゃうくらいに。
なんじゃ?とこちらを覗く姿にすこしドキッとしながら、僕は続ける。
『僕はある方と一緒にここまで来たんです。
先ほども言いましたが、悪鬼となってしまった付喪神を祓うために。』
「付喪神が鬼になどなるものか。神を祓うなど…」
『僕のお役目は、祓うんじゃなくて掬うこと。
僕はその悪鬼に祈りに来たんです』
「祈り?祈祷のことか」
『多分、そうです。その蛇と関係があるのかはわからないけど
きっとそうです。たとえ危険だといわれても、
僕はそこに行かなきゃいけない。』
「……承知できぬな。あそこには妾や母上の支配下だった人たちの
大切なものも残っている。金目の物や珍しいものまでな。
そうやって適当なことを言って盗もうとしているのではないか?」
『そんな!僕はただ祈りに来ただけなんです。お役目なんです』
「…お役目、か。まぁ百と疑っておるわけではない。
お主からは不思議な力を感じるからな。
だが、だからといって野に放つこともできぬ。
ここは妾の国、故に妾は国の脅威となるものは裁かなければならん。」
『………まぁ、そうでしょうね。玉姫がどんな人なのかは
わかんないですけど、僕も僕の社によくわからない人が来たら警戒します』
「であろう?そういうことだ。それに、近々我らの特攻隊を集め
あの屋敷ごと取り壊してしまうのだ。住処がなくなればきっとあの蛇も
出ていくであろう。……中にあるものは惜しいが、すべてを焼き払う。」
玉姫はどこか悲しそうな瞳をして、少しうつむいた。
焼き払っちゃうんなんて…
『…僕、やっぱり行かなきゃいけないです。僕のお役目が果たせなくなる。
僕まだなにがなんだかよくわからないけど、行かなきゃいけないんです。
スープありがとうございました。』
席を立って、僕は一目散に駆け出す。
後ろから玉姫が止める声が聞こえたけど全部無視して、集落の出口にいる
門番の人の声も振り切ってあの森めがけて走った。
今の話がなにか主様のヒントになるかもしれない。
…それに、その蛇のこともわかるかもしれないし
何より母さんに託されたお役目をなくしたくない!
『主様!』
「ん、おかえり。どこへ行っていたんだ。」
『ちょっと玉姫っていう人に連れられて集落に…』
「集落か。もしや個々の住人か?」
『うん。なんか、そこでは蛇の化け物がここら辺に出るって言われて』
それを聞くと、主様はすこし考えるような顔を見せる。
蛇っていったいどのくらいの大きさなんだろう。
見たこともないような大蛇って………
「蛇か…。それで、なんと?」
『その蛇が何人も人を食べちゃってるらしい。
集落の人が荷物とか遺品とか取りに来ようとするとその蛇が現れるって』
「ほぉ…。」
『あの一番奥のお屋敷に住み着いてるらしいです。
近々焼き払ってしまうんだとか』
「………それはいけないな。早々に仕事に取り掛からねば」
『やっぱり、ダメなんですか?』
「あぁ。おそらく、その蛇が俺たちの求めている付喪神で間違いないだろう。
そしてこれは俺の予想だが…その蛇はもとよりここら一帯を守る
土地神なんだろう。先ほどから白蛇が頭にちらつく」
『白蛇…』
「白蛇は厄介だ。下手したら悪鬼から祟り神になってしまう。
そうともなれば俺一人の力では祓うことはできない。」
『えっ』
「急ぐぞ、優斗。その白蛇を焼き払うなど断固拒否だ
絶対に阻止しなければ、その集落もろともなくなって
ここら一帯が穢れてしまう。幸い、その白蛇は人間に作られた
付喪神から生まれている。…ということは、その媒体が屋敷の
どこかにあるはずだ。それを見つけ出し清めればあたりは収まるだろう」
『それを見つければいいんだね』
「あぁ。蛇だからな、探しやすくはある。結界を張るから、
それぞれで探しつつ屋敷を清めるんだ」
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