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じっと見ているとその部分は口のようで、白い花がカマキリか何かの顔に見えてくる。口を開け、鋭い牙と割れた舌を剥き出しにして、私を威嚇しているみたいだ。
「ちょっと怖い顔してるなぁ」
まぁ、こんな狭い部屋で、床に直接置かれて干物女と二人きりなんて、胡蝶蘭にしても本意ではないだろう。
指についたポテチの粉を舐め、私はスマホを手繰り寄せた。
「室温20℃前後、湿度60〜80%に保ち、レースカーテン越しの日光にあてる……乾燥と根腐れに注意ぃ?」
胡蝶蘭の育て方を検索すると、手入れの仕方が丁寧に説明されている。ふと部屋の温湿度計を見れば湿度が40%だったので、慌てて加湿器のスイッチを入れた。
「人間より大事にされてるじゃない」
寝るときも出かけるときも、暖房と加湿器を切るなということか。電気代が高騰している昨今、できるだけ節電を心がけているというのに。
「私だってこんなふうに、誰かに大事にされたい人生だったわ」
そう呟いた瞬間、脳裏を掠めたイメージがあった。緑色の笹に揺れる、赤い短冊。
「コチョウランになりたい」
そんなことを書いた子がいた。
小学生の頃だったはずだ。同じクラスの女の子で、たしか……
「すみれちゃん」
名前を思い出したことで、それが引き出しの取手だったみたいに、九歳の少女の顔や仕草、上目遣いに人の顔色をうかがう目線が頭に浮かび上がってきた。彼女のトレーナーの袖の黒ずみや、足の甲でびろびろに伸びた上履きのゴムまで。
そして鮮明に脳裏に蘇ったのは、古いアパートの和室に鎮座する、五本立ての白い胡蝶蘭だった。
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