16人が本棚に入れています
本棚に追加
2. コチョウラン
「このお花、五万円もするんだって」
初めて胡蝶蘭を見せてくれたとき、すみれちゃんはそう言って、にっこり笑った。
その鉢植えは、箪笥や本棚で壁面が埋まった六畳間で、異様に大きく見えた。ガラス戸を閉めた部屋は暖かいと言うよりむしろ暑く、セーターの下でじっとり汗をかいたのを覚えている。
「すごいね」
目を丸くした私の反応に、すみれちゃんは誇らしげだったけれど。私は豪華絢爛な花に感嘆してそう言ったわけではなかった。
不釣り合い、という言葉を、あのときほど感じたことはない。色褪せ毛羽立った畳にどっしりと沈む、重そうな鉢。連なる花は窓からの西日でオレンジ色に染まり、レースカーテンの安っぽい花柄が、大きな花びらに黒い斑点を作っていた。
「どうしたの? これ」
「パパが会社からもらってきんだ」
「へぇ」
「コチョウランっていうの。見たことなかったでしょ?」
「うん」
でも、邪魔だよね。その一言を呑み込んだ私は、小三にしては偉かったと思う。
この部屋の他には台所兼用の食堂しかないのだから、ここに親子三人で寝ているに違いない。二枚しか布団を敷けないだろうに、すみれちゃんのお父さんはなぜ、こんな大きな鉢植えをもらってきたのだろう。
一人娘に「すみれ」と名付けるくらいだから、花好きなのは分かるけれど。
最初のコメントを投稿しよう!