2. コチョウラン

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2. コチョウラン

「このお花、五万円もするんだって」  初めて胡蝶蘭を見せてくれたとき、すみれちゃんはそう言って、にっこり笑った。  その鉢植えは、箪笥や本棚で壁面が埋まった六畳間で、異様に大きく見えた。ガラス戸を閉めた部屋は暖かいと言うよりむしろ暑く、セーターの下でじっとり汗をかいたのを覚えている。 「すごいね」  目を丸くした私の反応に、すみれちゃんは誇らしげだったけれど。私は豪華絢爛な花に感嘆してそう言ったわけではなかった。  不釣り合い、という言葉を、あのときほど感じたことはない。色褪せ毛羽立った畳にどっしりと沈む、重そうな鉢。連なる花は窓からの西日でオレンジ色に染まり、レースカーテンの安っぽい花柄が、大きな花びらに黒い斑点を作っていた。 「どうしたの? これ」 「パパが会社からもらってきんだ」 「へぇ」 「コチョウランっていうの。見たことなかったでしょ?」 「うん」  でも、邪魔だよね。その一言を呑み込んだ私は、小三にしては偉かったと思う。  この部屋の他には台所兼用の食堂(ダイニングキッチン)しかないのだから、ここに親子三人で寝ているに違いない。二枚しか布団を敷けないだろうに、すみれちゃんのお父さんはなぜ、こんな大きな鉢植えをもらってきたのだろう。  一人娘に「すみれ」と名付けるくらいだから、花好きなのは分かるけれど。
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