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彼女が書架へ行っている間、本棚に懐かしい絵本を見つけて読んでいた。
読み終えて顔を上げると、先程までいなかった彼女がカウンターの中にいる。
「こちらでお間違いないですか」
差し出された本は紛れもなく、あの時貸してもらった本だった。懐かしさに胸がきゅっと締まる。
「ああ、そうです、これです。でもこれ、そこまでマイナーな本ではないんじゃないかしら。この方の代表作は多くの人が知っているはずよ」
だから、書架ではなくこの部屋に出していたっておかしくないだろう、と。
けれど彼女は目を閉じて小さく首を振った。
「いいえ、この本は、あなたがお探しのたった一冊の本ですから」
私はよくわからないままに頷いた。
「さあどうぞ、お読みになってください」
促されてカウンター前のソファに座る。ソファは柔らかく、すっぽりと私を包み込んだ。まるで何年もそのソファに座ってきたかのような、私の体の輪郭に完璧に沿うソファは、私を安心させた。別の世界へ旅に出るための準備は完全に整っていた。
私は本の表紙を撫でて、一つ息を吐く。彼女はカウンターの中で、私を邪魔しないよう図書室の空気と一体になって息を潜めていた。
ハードカバーの本は真新しく、まだ手に馴染んでいないので開きづらい。彼が貸してくれた本もそうだったわ、と心の中で呟いた。
彼は同じ本を単行本と文庫本で二冊買う人だった。実際に読むのは文庫本で、単行本は記念のように買っているらしかった。そして私に、新品の単行本を貸してくれた。初めて貸してもらった時は、スピンも使われていない新品の、それも初版を読むのがなんだかもったいなく、大きく開くこともできずに息を詰めて読んだ。
手にした本の後ろの発行者ページを見る。これも初版。
本を上から見ると真ん中のページにスピンが挟まっている。開くと、スピンの端がページの狭間で新品のまま丸まっていた。
小口の黒いざらりとした紙には、人の指によってできた少し白っぽい跡がある。なんだかその跡に見覚えがあった。私はいつか、これと同じような跡に自分の指を添わせなかっただろうか。
私の息が静謐な図書室の空気に吐き出されて、やがて融けていった。
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