105. 推し活

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「ヒナ? そろそろ夕食の時間ですが……」 「えっ? 6時?」  ユリウスに声をかけられたヒナは時計を見て驚いた。  ずっとミシンをしていたので夕飯を作っていない。 「あ、えっと、まだ夕飯ができていないので、アレクとは別で……」 「何を作っているのですか?」  部屋の中は広げた布、床に置かれたままのハサミ、紐、ボタン、いろいろ置いてある。 「自分の服……です」  ヒナはもうすぐ完成しそうなキュロットパンツをユリウスに見せた。 「服が足りないなら買いますよ?」  遠慮しないでくださいねというユリウスにヒナは首を横に振った。  動きやすくてちょっと可愛く見える服がほしいなんて言えるわけがない。  街にユリウスの妻エリスと行ったとき、キュロットパンツは売っていなかった。  この世界ではズボンは男性が身に着けるもの。  女性用のズボンは見かけなかった。 「前の世界でよく売っている服なので」  困ったような顔でヒナが微笑むと、ユリウスもそうですかと困った顔をした。 「一緒に食べないとアレク様が寂しがります。何か簡単に作れるものはないですか?」 「あ、10分くらい待ってもらえれば」  お昼の残りのスープと、パンならある気がする。 「ではお待ちしていますね」 「すぐ行きます」  急いで床のハサミだけ片付け、スープを温める。  卵焼きを焼いて、ハムとレタスと一緒にパンに挟んだら完成だ。 「お待たせアレク」  夕食を一緒に取りながらいつものように雑談する。  アレクサンドロは王子達がヒナのクッキーを喜んで持って帰ったことや、ヒナに会いたがっていたと教えてくれた。  不満に思うことや悩みはなんとなく似ていて、結構仲良くなったのだとアレクサンドロは笑った。  ヒナは今日は昼からずっとミシンで自分の服を作っていたと報告した。  ユリウスが呼びに来るまで夕飯の時間だと気づかなかったと。 「急いだ?」 「う、うん、急いだ」  なぜそんなことを聞かれるのかわからないヒナが首を傾げると、アレクサンドロはニヤッと笑った。  そういえばアレクサンドロが見やすい気がする。  いや、見やすいどころじゃない。  ヒナは慌てて顔に手をあてた。  ミシンをしていたので邪魔な眼鏡をしていない。  もともと度の入っていない伊達眼鏡だ。  前髪も邪魔だったので、孤児院の子が作った貝のピンで右側半分を止めている。  つまり右側はまる見えだ。 「!」  ヒナは慌ててピンを外し、前髪を下ろした。  その様子をアレクサンドロが笑う。 「残念。教えなければよかった」  ヒナの前髪に触れながら顔を覗き込むアレクサンドロと、真っ赤になるヒナ。  意外にいい雰囲気なのではないだろうか。  イーストウッド使用人カレブがやったことは許せないが、2人の距離を近づけた事だけは褒めてもいいかもしれない。  ユリウスは紅茶を淹れると静かに退室していった。
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