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時空の裂け目
3日後8月30日(火)の夜。
いつものように、酒臭いサラリーマンがいる電車に揺られていた。
窓の外には夜の帳が降り、車内の喧騒とは対照的な漆黒の闇に街灯が輝いて見えた。
今日も激しいダンスミュージックを聞き、自分の世界に入ろうとした。
スマホにイヤホンの変換ケーブルを刺すと、再生ボタンをタップしようとする。
ネットワークの調子が悪いらしく、円がくるくると回り接続中のままだった。
思わずため息を漏らす。
何日かに一度はこんな日がある。
電波塔から遠いのか、天気のせいで電離層が高いのかわからないが、音楽が聴けない。
携帯電話の電波は、建物の陰では届きにくかったり強い電磁波の影響を受けたりすると聞いたことがある。
無理な時は諦めるしかなかった。
「苛々するなあ」
目を閉じて、電車の揺れに身をゆだねた。
一日働いた名残が、足のむくみとなって現れる。
体は芯まで火照っていて、早く夜風に当たりたかった。
車内は人間の熱気で息苦しい。
できるだけ早く人が少ない空間に出たい。
最寄り駅に着くと、外の空気を深く吸い込んだ。
「はあ。
やっと着いたわ」
コオロギの声はどこからするのだろう。
初秋になるとどこへ行っても聞こえる。
電車を恐れて逃げて行かないのだろうか。
街中の駅だが秋の雰囲気が気持ちを少し落ち着かせた。
「ただいま」
玄関に入ると、靴が一つきちんと揃えてあった。
顔を少し引きしめ、リビングに入っていく。
「おじゃましています。
お帰りなさいませ」
ルージュが立ちあがり、深々と礼をした。
「すみません。
お疲れのことと思いますが、少しお話が。
夕食を召し上がってください」
テーブルには、パンとクラッカーの上にサーモンとカッテージチーズを乗せたカナッペが並べられていた。
「これって─── 」
「私がご用意いたしました」
フランスへご旅行されるので、気分を盛り上げようとおもいまして。
やはり、旅行先のことを知っているようだった。
「行先は、ご存じですか」
一応、確かめてみた。
招待状が置かれたときに、外へ向かって呟いただけだったからだ。
「1889年のパリ万博でよろしいですね。
もし変更をご希望ならば、承りますが」
「日時と場所は決まっているのですか」
「1889年のパリ万博は5月6日から11月6日までです。
100%の満月に合わせて、9月9日から2泊3日がよろしいかと思います」
「満月を選ぶのはなぜですか」
「満月の日には、時空の裂け目が生じやすいのです。
タイムマシン運用上の理由から、満月を選ばせていただきます」
「時空の裂け目─── 」
「我が社が開発したタイムマシンは、時空の裂け目から抜け出して過去または未来へと移動するのです。
意図的に作りだすことも可能ですが、初めての場合自然に発生した裂け目を利用した方が快適に旅を楽しむことができます」
「はあ」
「タイムマシンの原理を知れば、安心していただけると思います。
まずは時空を越える方法をご説明いたしましょう」
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