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時空の断片
「私共は、時空の裂け目から素粒子空間へと入っていきます。
素粒子についてはご存じですね」
ルージュが、意味ありげにニヤリと口角を上げた。
「高校の理科で習う程度なら知ってますが─── 」
「素粒子には3段階あります。
まず、すべての物質は分子、原子、原子核と次第に小さくなっていきます。
原子核は陽子と中性子が集まってできていて、周りを電子が回転しているのです」
懐かしい気分になった。
化学で習ったことを思い出すのは何年ぶりだろうか。
疲れを忘れて、続きを聞きたい気持ちが頭をもたげた。
ぼんやりと遠くを見つめて聞いている香苗を見て、ルージュは一息ついた。
「すみません。
物事には順番がありまして、基礎の基礎からお話させていただきます。
できるだけ手短にいたしますので」
「もしかして、父にもこの話を」
「はい。
時空間旅行をご案内するときに、必ずご説明することになっております。
冊子にしたものをお渡ししますので、気楽に聞いてください」
薄いカバンから、赤い雑誌が取りだされた。
見覚えある表紙に驚きの声を上げた。
「『NOWTON』じゃないですか」
「実は創刊当時から当社が監修しております。
もちろん、現在の研究内容を越えた内容は掲載いたしません。
武夫様は大変興味深そうにご覧になりました」
タイムマシンの話が身近に感じられた。
非現実的なことが起こる気がしていたが、もしかすると近い将来、時空間旅行が一般的になるのかもしれない。
「こほん。
では続きを。
原子を構成する陽子と中性子は、クォークという素粒子が3つ集まったものです。
現代科学ではクォークをそれ以上は分割できないと考えられています。
これが第2のフェーズです」
クォークの話は聞いたことがある。
だが、理系ではない香苗には縁のない話だった。
名前だけで、何を表すのかまでは知らない。
黙って聞いているしかなかった。
集中しないと頭から抜け落ちそうな単語を、必死にテーブルに写るシーリングライトの光を見つめながら反芻した。
「時空は、滑らかにつながっていると思われますか」
不意に質問が投げかけられた。
質問の意味がすぐにはわからなかったが、答えなくてはならない。
「時空は過去から現在、未来へとひと続きになっていると思います。
宇宙がビッグバンで誕生してから銀河や星雲が生まれ、星屑から地球、そして生物が生まれたと習いました」
ルージュは満足そうに目を閉じ、頷いた。
「正確に理解されているようなので、続きをお話しましょう。
原子と同じように時空そのものも、細かく刻んでいくとクォークのように、それ以上は分割不可能な単位が存在するのです。
過去、現在、未来の時空は、そうした超微小な粒々が集まってできたものなのです。
未発見の『グラビトン』という重力を構成する素粒子が、時空を支えているのです。
『ハイゼンベルクの不確定性原理』により、不安定な存在ですが、意図的に組織化することも可能です。
つまり過去の世界を作りだし、そこへ飛び込むのです」
最後のところは理解できなかったが、高度な科学的根拠があることがわかると、タイムマシンが現実的なものだと思えるようになった。
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