面影

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面影

 さらに3日経ち8月30日(金)。  リビングでルージュが待っていた。 「お帰りなさいませ。  手短に済ませますので、こちらへどうぞ」  電車の中で素粒子の記事と、企画書等の書類に目を通したことを伝えた。 「武夫(たけお)様をお連れした日時と合わせましたので、現地で会うことができます。  お母様には、お手紙を書いていただくようにお願いいたしました」 「それを先に言って欲しかったわ」  香苗は苛立ちを(あら)わにした。 「すみません。  重要人物と過去で再会する事実をお伝えする前に、タイムマシンの原理を理解していただく必要があったものですから」  少しも動揺した様子がなかった。  これも予想の範囲なのだろう。 「仮に父が事故に遭った日、外出させなければ死ななくて済むのでしょうか」  父に会えるという事実が、想像力を膨らませていく。  亡くなった人の運命を変えることができるなら、そちらを選ぶべきである。  大きく息をつくルージュ。  目を閉じて、何かを頭に思い描いているようにみえた。 「大抵の方は、同じように(おっしゃ)います。  答えはノーです。  残念ですが。  私にとって、この瞬間が最も辛いのです」 「人の運命を変えることはできないというわけですか。  昔の映画で、過去を変えたら未来が変わってしまう、くだりがありましたから」  頷いて、考え込むように腕組みをしている。  少し間をおいて、 「考えてみてください。  時空間旅行で、最も多いご希望は、  『亡くなった方に逢いたい』  次いで、  『運命を変えたい』  なのです。  香苗様は、過去に戻る行為を、ご自分の人生のプラスにしようと本気でお考えです。  私にとっては衝撃でした」  (うつむ)いたまま、少し黙り込んだ。  香苗も、そんなルージュをみて、何も言わず次の言葉を待った。 「お察しのことと思いますが、時間の連続性はありません。  過去を変えたところで、未来に影響を及ぼすことはありません。  時間は分断された粒子の塊でしかないのです。  時空間旅行を、香苗様は真摯に受け止めてくださいました。  私も誠心誠意をもってお応えする所存です」  (おもむろ)に立ちあがり、また玄関へと向かっていく。 「では。  私も、今回の旅行を楽しみにしています。  きっと大きな収穫があることでしょう」  ドアを開けたルージュは、闇に溶け込んでいった。
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