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雅樹が車のドアを開け、後部座席に座る。運転席にはスーツ姿の雅樹の母、江利子が座っていて、顔を後ろに向けていた。
「おはよう、利明くん」
緩やかなウェーブがかかった髪を耳にかけると、耳たぶについたダイヤモンドのピアスがキラッと光った。
「……おはようございます」
利明は伏し目がちに小さな声で挨拶をする。
「オカバ、早く座れよ」
雅樹が座席をポンポンと叩きながら言った。オカバとは利明の呼び名で、岡林から取っている。江利子に頭を下げてから、利明は車に乗り込んだ。
「晴れてよかったわね。でも桜は満開って訳にもいかないみたいやね」
車を走らせ、バックミラーで利明と雅樹の2人を交互に見ながら江利子が言った。利明が雅樹に顔を向けると、彼は携帯電話のゲームをしながら、ああ、と曖昧に返事をした。
利明は女の人が苦手だった。何を話せばいいのかわからなくなってしまい、いつも吃ってしまう。兄と姉がいるが、家族以外の女の人との接し方がよくわからない。江利子は利明が小さい頃から、いろいろと母親がわりに面倒を見てきてくれたが、それでもまだ慣れなかった。
「ああっ、ミスった」
雅樹が携帯電話に向かって文句を言う。彼の素っ気ない態度に江利子は傷付いていないか不安になりながらも、利明はゲームを続ける雅樹の携帯電話を覗き込んだ。
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