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思わず立ち止まる。ず。と、スニーカーの底に小さな砂粒が軋む感覚。
途端に、何かが湧きたつような感覚に包まれる。下からだ。下から何かが出てきて地面から滲みだしていくようだ。そう身体が感じ取った瞬間に、その感覚を追うように、今度は目が黒いアスファルトの上に分かりにくいのだが、何か黒い湯気のようなものを認識した。
それは、よく晴れた日、夕立のあとに地面から湧きたつ水蒸気に似ていた。けれど、半透明で白いそれと違って、黒い。
『なんだよ。これ』
声が震える。小学生だった俺にはそれに対して合理的な解釈を与えられるような経験値はない。
いや。多分、10年以上経過した今だって、それに対して何の答えも自分は持ち合わせてはいない。
ただ、自分の前でその黒い靄? 煙? 淀み? それとも、澱。のようなものが、まるで意識でも持っているように、次第に集まっていくのを見ているしかなかった。
『あ…あ』
なんだか、酷く情けない声だ。自分の口から洩れたものだとは思えない。
そんなふうに立ちすくんで、何もできないでいるうちに、それは、集まって密度を増していった。靄だとか、煙みたいな実体を感じさせないものから、綿のようなふわふわとしているけれど、確かにそこに会って触れるられるものに変わっていく。
なんだかまずいものを見てしまっている。
ようやくそう思い始めたのは、それが、柔らかい体毛を持っている。例えば猫のような質感を感じるようになってからだった頃だった。
どうしよう。
けれど、それが、ネコではないことはその頃になると既に俺にもわかっていた。猫とは比べ物にならないくらいに大きい。小学生の自分よりも大きい。
おそらく高さは170から180センチほど。横幅は40から50センチ程度。上部に球体。それは、バスケットボールよりは少し小さくて、左右に大きく張った部分の上の細く縊れた筒状の上に載っている。張り出した部分からは下に伸びた棒状のものが、左右どちらにもついている。中心の部分は緩やかな逆三角で、その下は球体とも立方体ともいえない歪な張り出しがある。それを、地面から伸びた二本の棒状のものが支えている。
それが、街灯のささない黒い場所にいる。
それがなんであるかくらい、もうわかる。
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