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「親分!」
アルチーナが手を振っている。生きていた。親分が……。ハッサンはサーフボードで水面を滑り、アルチーナの足元で飛び降りた。
「ハッサン、大声を出すな。フラミンゴが驚いて飛んで行ってしまったではないか」
「すみません……て言うか、どうやって生き返ったんですか」
「生き返る? 私は死んでおらん」
「死んだじゃないですか、目の前で。撃たれたでしょ、ライフルで。すごい出血でしたよ」
「撃たれたふりをした。出血は私が創った幻影じゃ。クロエの能力を覚醒させ、みんなを自立させるさせるために必要だった。許せ……」
アルチーナは深々と頭を下げたが、ハッサンの怒りは収まらない。「俺たちを騙したってことですよね。ひどくないですか」
「私がいると、どうしても私に頼るじゃろ。ショック療法が必要だと思ったのじゃ。クロエたちにもいずれ打ち明けるつもりじゃ。そうじゃな、十年後に楽園が独立国として歩み始めたら、ひょこっと顔を出して謝るかな」
ハッサンは呆れた。「十年後にひょこっと現れて謝罪して許される嘘じゃありませんぜ。みんながどれがけ泣いたことか。俺だって……」
「ほう、そんなに泣いたのか」アルチーナはにやにやした。
「なんです……にやにやして」
「私は魔王を引退した。もう聖霊のジンでもない。ただの女になった。どうする、ハッサン」
「どうするって、どういうことですか」
「私を愛しておるのだろう」
ハッサンは口から心臓が飛び出そうだった。ばれていた……俺の気持ちが……その事実の衝撃があまりに大きく、せっかく水を向けてもらったのにどう返事をしてよいかわからない。「そ、それは、何と言いますか……」
「なんじゃ、せっかく愛の告白にふさわしい場所を選んでやったというのに。情けない奴じゃ。もうよい。興ざめした。お前はずっと子分をやっておれ。行くぞ」
アルチーナはふんと鼻を鳴らしてサーフボードにまたがった。ハッサンも慌てて飛び乗る。サーフボードが一気に加速して雲を切り裂く。
「親分、あの、どちらに……」
「C国じゃ。アジアの大国には魔界人が多く移住したのだが、何やら大きなトラブルに巻き込まれているらしいのじゃ。あそこもやっかいな国らしい。長逗留になるかもしれんぞ」
「水餃子は好物です」
「私は、焼き餃子派じゃ。気が合わんな。やれやれ」
アルチーナは、ハッサンがプロポーズのチャンスをふいにしたことを根に持っているのは明らかだ。まずい、これは大いにまずい。ハッサンは焦った。
「親分、もう一度、チャンスをください!」
「いや、お前には覚悟が足らん。今思えば、これまでも私に言い寄ってきた男はあまたおったが、どいつもこいつも三日と持たなんだ。ほかの女に色目を使った奴は火炎地獄に落としてやった」
「それは熱そうですね……」
「骨も残らんじゃろうな」
「僕は大丈夫ですよ。親分ひと筋ですから」
「どうだかな」
この一言でハッサンの男気に火が付いた。突然、サーフボードの上に立ち上がり大声で叫び始める。
「アルチーナが好きだ! 愛している! 結婚してください!」
アルチーナが笑った。「とりあえずあと五十回じゃ! 返事は考えておく! そうじゃな、次の仕事が終わるまでに」
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