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ゴー、ゴーと吹き荒れる砂嵐の中をラクダが一頭、歩いている。茶褐色の砂塵のせいで視界は極めて悪く、前後左右の見当もつかない。だが、ラクダの足取りはしっかりとしていて迷いがない。砂漠で立ち往生している一団を目指してまっすぐに進んでいく。
その一団はざっと数えて数十人いる。互いに励まし合い、慰め合っている。どうやら親類縁者のようだ。一団を先導してきた男が、座り込んでいる女子供と年寄りに大声で何やら話しかけた。がんばれ、もう少しの辛抱だ―――。
身振り手振りから察するに、そんな台詞が聞こえてきそうだが、女子供たちは動こうとしない。体力を使い果たしたか、恐怖で足がすくんでしまったか、あるいはその両方だろう。男の妻と思しき女が、一人で旅を続けろと男を説得するが、男は激しく首を振る。堂々巡りに耐えられなくなったのか、とうとう、女は泣き出してしまった。女の背後では年老いた者たちが、死を覚悟して瞑目していた。
妻の膝でぐったりしていた子供が突然、身を起こして叫んだ。両親が、まさかという表情で子供の指差す方角に目をやる。砂塵の中にラクダの姿を認めた。まるで透明なシールドに覆われているかのように、砂塵をものともせず進んでくる。手綱を引く男がいることに気づき、両親は歓喜の声を上げた。
手綱を引く男が、手を振って夫婦に応える。そしてラクダの背中に乗っている仲間に話しかけた。
「親分、どうやら無事のようです」
親分と呼ばれた者がラクダを降り、真っ青な民族衣装を翻して夫婦に駆け寄った。
「どうか、お助けください。楽園があると聞き、一族郎党で逃げてきたのです」夫婦が親分を仰ぎ見た。ターバンの隙間から覗いている目が真っ赤に輝いている。
「もう大丈夫じゃ。このまま、まっすぐに進むがよい」
親分がそう言うと、ラクダがふんと盛大に鼻を鳴らした。猛烈な鼻息が砂塵を切り裂き、砂漠に一本の道ができた。道の上は、人の背丈くらいの高さまで晴れ渡り、まるで「楽園」へと続く回廊のようだ。紅海を真っ二つに割って道を創った旧約聖書のモーゼも顔負けの奇跡が起きた。驚きのあまり声を失った夫婦に代わり、年寄りたちが涙を流しながら口々に礼賛する。
「ありがたいことじゃ。言い伝えはまことであった。ジンは本当におられた。聖霊のジンがおなごの姿で現れてくださった。ありがたいことじゃ、本当にありがたいことじゃ」
「このラクダを使ってくれ。ここまでよく頑張った……」
年寄りたちは「滅相もない」と首を振る。「ジンに希望をいただきました。希望があれば、人は頑張れます。こんな年寄りでも、力が湧いてくるのです。ラクダはどうかほかの人に……。砂嵐の中で立ち往生している人はまだ大勢いるでしょうから……」
「……そうか。わかった。達者で旅を続けてくれ」
親分とその子分が一団を見送る。一団が通り過ぎると、楽園に続く回廊はまた砂嵐に覆われた。
「ハッサン、では行くとするか」
ハッサンと呼ばれた子分がため息をつく。「親分、いったいいつまで続けるのですか……」
「魔界の民が世話になった恩義がある。逃れてくる者がいる限り続けるしかあるまい」
「楽園が難民で溢れかえりますよ。食料も足らなくなります」
親分は「確かに……」と腕を組む。「では、楽園を拡張しよう。食料は……しばらくヴォアザンに頼むしかあるまいな」
「難民はAC(アーセー)十四カ国から押し寄せてきます。親分の魔力で飛行機を飛ばせば、一気に楽園に運べます」
親分はあきれ顔で言った。「そんなことをしたらF国の連中に楽園が見つかってしまうじゃろう。だから、おぬしら砂漠の民に頼んだのじゃ。ラクダに魔力を授けてな。手間はかかるが、こつこつと助けるしかない」
「親分は義理堅いですね。尊敬しちゃいます」
「おべんちゃらはよい。行くぞ。日が暮れる前にもうひと踏ん張りじゃ」
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