ルフェール~魔王の課外授業④~

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 両親の会社は、慈善活動の一環としてアフリカの学生を支援していた。見込みのある学生をF国の一流校に留学させて高等教育を受けてもらい、将来のリーダーを育てる活動だ。両親の熱心な慈善活動は、黒い重役たちを辟易(へきえき)とさせていた。  クロエは、黒い重役が嫌がることは何でもすると決めている。同封されていた履歴書をろくに見ないで、承諾のサインをした。その留学生が、コアンだった。根暗で臆病と思っていたクロエがコアンに付きまとうのを見て、クラスメイトはさぞかし(いぶか)しく思ったことであろう。  両親が失踪してクロエが「ヴォワザン」の筆頭株主になると、クロエを取り巻く環境は一変した。クロエを村八分にして路傍(ろぼう)の石のように扱ってきたクラスメイトや、教師が、クロエに群がるようになった。  彼らや彼女たちが何を考えているのかクロエにはもちろん分からない。ただ、黒々とした心の表面がざわりと小さく波打つのを見るとく、聞こえもしない心の声が聞こえるような気がした。 「冬休みはカリブ海でリゾートしたいな。この根暗女を誘えば、会社のプライベートジェットを出してくれるかしら」 「成績表の評価を上げると言えば、寄付金を倍にするだろうか……」  クロエは学校を無断で休むことが増え、部屋に閉じこもるようになった。「どこにいったの……パパ、ママ……」窓外を眺めて一日の大半をぼんやり過ごし、ベッドで両親を思い出して涙する日もしばしばだった。そんな暮らしをコアンが変えてくれた。 「ツィリッ、ツィリッ、ツィリッ!」  クロエの意識を現実に引き戻そうとするかのように、ゴシキヒワの鳴き声が一段と高くなる。そろそろ家を出る時間だ。クロエは、髪を入念にブラッシングして仕立てたばかりの制服に手を通した。私服で通える高校ばかりのこの国で、政財界の子息令嬢が多く通うクロエの高校には制服があり、それが名門の象徴のようになっていた。親たちは、ばか高い授業料を支払うだけでなく、財力を競うように寄付金を積み、たかが制服に大枚をはたいて一流デザイナーに何着も発注した。親の強い虚栄心は子供にも伝染する。教師たちは、大金を運んでくれる生徒にこびへつらい、腹の底で舌を出していた。  クロエは勉強嫌いの自分がどうしてこんな高校に通うことになったのか今でも理解できない。コアンが留学してこなかったらクロエは学校を辞めていたかもしれないと思う。  クロエは窓から庭に縄梯子(なわばしご)を投げ、慎重に降りた。クロエの部屋は邸宅の三階で応接室の死角に位置している。クロエは敷地内の監視カメラの位置も全て把握していた。黒い連中に見つからずに屋敷を抜け出すのはそう難しくない。学校には自宅や会社に連絡しないようくぎを刺してある。学校は、莫大な財産を持つクロエの言いなりだ。クロエは地面に降り立つと、縄梯子を回収して軒下に隠した。帰宅した際に使う折り畳み式のはしごがあることを確認して、クロエは生け垣の隙間を表通へと抜けて走った。
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