お嫁さんになりたい

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「わたし、Kっくんのお嫁さんになりたい」 「うん! 良いよ」  あれは彼と彼女が幼稚園の園庭で仲良く遊んでいるころだった。彼女は彼を見つけると直ぐに近づいてきて、毎日幼稚園が終わるまで遊んでくれのだ。  そんなある日、彼女は彼の両手をしっかりと掴むと、彼の目を覗きこむようにして、はっきりと宣言した。  彼は、彼女のそんな行為が可愛いなあと思うと、特に何も考えずに彼女に向かってニコニコと頷いた。  幼稚園児の彼にとって、それは遠い将来のことであり、今悩む話ではないと思えるほど軽い約束の一つにすぎなかったからだ。  * * * 「おい、K太。そういえばお前が幼稚園に通ってた時に仲良かった女の子がいただろ。小学校へ上がる前に家族で関西の方に引っ越してしまったけどな。そー言えばお前、その時に『A子ちゃんと離れるのいやだぁー』って泣き叫んでたよな、覚えているか?」 「お父さん、やだなー。それ僕の黒歴史だから、大きな声で言わないで。覚えてるよ、彼女は僕と毎日遊んでくれたんだもの」  日曜日の夕飯を食べた後、彼の父親は彼がほとんど忘れていた幼稚園の時のA子の話をし始めた。自分の茶碗を台所に持っていく途中で、彼は父親の質問に軽い気持ちで返事をした。  明日から試験期間が始まるので、食器を片付けたら二階の勉強部屋に直行するつもりで、父親のいるリビングには振り返りもしなかった。 「── 彼女、亡くなったそうだ。大規模場な交通事故に巻き込まれて即死だったらしい。どうする、お前も高校休んで彼女の葬式に行くか?」 「え! いや、明日から高校の定期テストだよ。ムリムリ」  ”Kっくんの、お嫁さんになる” ── そんなA子の言葉が、一瞬彼の頭の中によみがえったけれど、現実のスケジュールを考えてから、自分でその言葉を記憶の隅に追いやった。  * * * 「おはよー」 「おお」 「おはようー」 「おお」 「おっす」 「おお」 「おはようございます。ねぇ、K君。今日の二科目分の試験終わったら、君の家で明日の試験勉強しない?」 「はぁああい?!」  今日の試験のために早めに学校について、試験範囲の教科書をパラパラと眺めながらクラスメート達の朝の挨拶に適当に相づちをうっていたら、突然彼が相づち不可能な質問を投げかけて来た女性がいた。  そう、高校に入ってから、ずっと同じクラスメートで彼の机の横に座っている女子だ。  彼女は彼の親類縁者ではないのだが、たまたま苗字が同じだった関係で、クラス内の席順はだいたいいつも、彼の前か後ろか、横だった。  そんな彼女が、試験初日の朝にいきなり一緒に勉強しようと誘って来た。彼はハッキリ言ってモテる男ではないし、スポーツも優れている訳じゃないし、成績だって学年上位の結果発表名簿に載ったこともない。  そんな彼に、何故このタイミングでデートの誘い(もとい、彼の家での個人勉強会の誘い)なんかするんだ? 彼の頭脳は今日の試験よりもその理由探しに主眼が移ってしまいそうになった。  ── なんで、彼女が僕の家に? 確か今日は家にだれもいないけど……、いやいや、そこじゃない気にすべきは。何故、急に、突然、僕んちに来たいんだ?  * * * 「ねえ、K君て、今日の試験どうだった?」 「う、うん。まあ、山が当たったからな。それより、明日の試験勉強、ほんとに僕んちでするの?」 「ねえ、K君。質問を質問で返すのってチケット違反だって言われたことない? だって既にこうやって君の勉強部屋まで上がりこんじゃってるじゃない。こんな可愛い子と一緒に勉強出来るのに、何か不満でもあるの?」  彼が台所からジュースとコップを持って自分の勉強部屋に戻ると、彼女は既に、部屋にある折り畳み机を取り出して、その上に自分の教科書とノートを広げている処だった。  彼はそれを見て諦めると、ジュースとコップを乗せたお盆を勉強部屋の絨毯に直接置いた。それから、同じ机の反対側に自分の教科書とノートを広げてあぐらをかいた。  その彼の動作を見てから、彼女は突然あらたまったように背筋を伸ばして彼をじっとい見つめた。  そして、ノートの上に置いていた彼の両手をしっかりと掴むと、彼の目を覗き込むようにして一言つぶやいた。 「わたし、Kっくんのお嫁さんになりたい」  * * * 「も、もしかして、君はA子ちゃん? のゆうれい……」 「うん。ごめんね驚かせちゃって。この子、試験勉強で眠そうにしてたから、しばらくの間だけ体、借ることにしたの」  僕は彼女の目を見つめ返すと、震える声で聴き返した。  彼女は少しだけはにかむように視線をそらしてから、自分は昨日事故で亡くなったA子であり、試験勉強で疲れていた彼女に憑りついたのだと、告白した。 「わたし、死んじゃったから、もうKっくんのお嫁さんになれなくなっちゃった……。だから、このままこの女の子に憑りついてるから、この子と結婚して欲しいの」 「いやいや、そんなこと急に言われても。だって、彼女に選ぶ権利あるし」  幽霊のA子は、彼とどうしても結婚したいからこのまま彼女に憑りつくといって聞かない。 「大丈夫だよ、Kっくん。彼女、本当は君のことが好きなんだ。だけど恥ずかしくて告白出来ないみたいだよ。彼女に憑りついて彼女の気持ちを見ちゃったから。だから彼女に憑りつくって言っても、私はもう表に出てこないようにするから。だから、ワタシと彼女の二人とも、Kっくんのお嫁さんにしてくれれば良いから」 「わかったよ、大好きだったA子の頼みでもあるしな。まあ、僕も彼女のことはずっと気になっていたし……」  幽霊のA子に憑りつかれた彼女は、彼にそう言うと、とつぜん机に突っ伏した。  きっと次に目覚める時は、A子に憑りつかれていて、彼女の方から彼の家で勉強したいと言ったことなんか覚えてないんだろう。  ── どうやって彼女が納得する説明をしようか?  明日の試験よりも難しいA子の宿題に頭を悩ませながら、試験勉強の夜はふけていった。 (了)
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