2、ハニー・ビー・カフェ

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*  *  * (森井ん家ってさ、相変わらず母さんいないの?) (ああ。今日も出張) (じゃあさ……ひと晩、泊めてよ)  屈託なくそう言って笑った彼は、少しだけ赤い顔をしていた。  まだ酒も飲みなれない昔々。  いいよと答えた貴広も、慣れないアルコールで頬が熱かったのを憶えている。  二次会を断って乗った電車で。招きいれた貴広の部屋で。ぽつりぽつりと何を話していたのだったか。  沈黙が怖くて、うっかり喋っちゃいけないことを口にしてしまいそうで、咽がカラカラに渇いたのを夏の暑さのせいにして――。  取り留めない話をそのまま続け、限界に眠くなるまで待って灯りを消した。  エアコンがグーと低い音を立てていた。  あの夜。  ほんのちょっと貴広が前へ踏み出せば、彼は拒まなかっただろう。  どちらも口にはできないが、淡い想いがあった気がする。自分にも、そして彼にも。  だがもしそれが、貴広の一方的な思い込みだったら。そう思うと怖ろしくて踏み出すことはできなかった。  そして、貴広には分かっていた。  彼への想いは、その程度にこらえきれる程度のものだった。  激情に撞き動かされ、世界を破壊する危うさなどない。  翌朝、(泊めてくれてありがとう)と彼は言った。  玄関で見送った彼は、確か笑っていた筈だ。  薄淡い、はかなげな笑顔で。  何もせずに朝を迎えることで、終わってしまった関係。  以来、彼と顔を合わせたことはない。  連絡先も知らない。  思い出すたびに、貴広は絶望的な気分になる。  彼を愛せなかった自分の意気地のなさに。  誰をも愛せない、自分の情の薄さに。  自分だって、誰かと愛し愛される関係になりたい。そんな近しい存在を持ちたい。  だが、裏切られるリスクを冒せるほど、ひとを好きになったことは、貴広にはなかった。   *  *  *
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