18・好きな男が出来た

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藤嘉が困ったように言う。 「…それは、」 「あるの?」 「……ない、けど」 「俺もだよ。理由なんかない。ただ好きなんだ。藤嘉が」    藤嘉は左右に視線を泳がせてから、こちらを見る。    「それに、」 俺は続ける。 「もし俺に藤嘉を好きな理由があったとして、今言ったとしたって、それを全否定して断るつもりだろう?」 藤嘉が、ふっと力無く笑った。 「俺の扱いに慣れてきたもんだね、椋」 「好きだからな、藤嘉のこと」 藤嘉はふふっと笑みを深めてから、その表情を固くする。 浅く息を吸ってから紡がれた藤嘉の言葉には、溜め息が含まれていたように思う。 「俺には、音弥がいる」 言われるだろうと思っていた言葉だ。 ショックなんか無く、受け止めることが出来た。 俺は答える。 「知ってるよ」 「じゃあ、「音弥がいることなんか百も承知だ」」 藤嘉の語尾を遮った。 背もたれに預けていた背中を、ゆっくり起こした。 机に両腕を置けば、頬杖をついたままの藤嘉との距離がグッと近くなる。 俺との距離が近付いたことで藤嘉が離れてしまうかと思ったが、藤嘉はそうはしなかった。 頬杖のまま、こちらを見る。 それが、そんなことが、嬉しかった。 この距離を、もっと縮められたのならー… 「言えるだけで良いと思ってたのに。実際に言えたら、欲が出るな」 そう呟いた自分の声は、酷く小さかった。 その小さな声は、目の前の藤嘉に届いただろうか。 藤嘉は特に何の反応もしなかった。 この距離が縮むことを、期待した訳ではない。 気持ちを言わせてもらえないことに、納得がいかなかっただけ。 気持ちを言えれば、それで良かった。 この距離は縮まない。 この先なんか、ない。 だって藤嘉には音弥がいる、分かってる。 けれどー… 1度だけきつく唇を噛んでから、改めて俺は言った。 「次は藤嘉が答える番だぞ」 藤嘉は軽く頷いたように見えた。 困ったような表情は消え、今度は観念したように眉を下げる。 俺は続けた。 「音弥ってー…どんな奴なの?」
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