4・声を掛けるか、無視するか

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「ー…でね、藤くんと一緒に帰れたらって思ってて」 「今日?」 「あ、うん。もし良かったらなんだけど」 あら、モテモテですこと。 前方からのそんな会話を耳にしながら、どうしようか迷う。 声を掛けるか、無視するか、声を掛けるか、無視するかー… あー…もう、いいや! 俺は視線を伏せた。 向こうは会話中だし、積極的に声を掛けなくても別に良くね? 昨日の今日ではあるけれど、別に特別鈴木 藤嘉と親しくなった訳でも無いし。 俺は視線を伏せて、歩を進める。 向こうが歩いて来て、俺が歩いて行く。 擦れ違いざまだった。 女子に答える鈴木 藤嘉の声が、俺の耳に届いた。 「ごめん。今日は放課後は大事な用事あるから」 その瞬間、俺と鈴木 藤嘉は擦れ違う。 それに答える女子の落胆した声が、俺の後ろから聞こえた。 「えー…そっかぁ」 「ごめんね、また機会があったら」 鈴木 藤嘉から俺に声は掛からなかった。 俺も鈴木 藤嘉に声は掛けなかった。 鈴木 藤嘉の言葉を反芻する。 『じゃあ、明日の放課後また来る』 『ごめん。今日は放課後大事な用事あるから』 昨日『放課後また来る』と言ったことと、さっき『大事な用事』と言ったことはイコールなのだろうか。 俺は足を止めた。 ゆっくりと振り返る。 遠離る鈴木 藤嘉の背中が、こちらを振り返ることはなかった。 今日も鈴木 藤嘉の背中は背筋が真っ直ぐに伸びているな、と思う。 やっぱ、何か、あの背中がいい。 俺はまた、トイレへ向かってゆっくりと歩き出した。 そう言えば。 奏は数学の宿題を写し終えただろうか、とぼんやり思った。
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