5・本当に、来た

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本のタイトルと著者名を、表紙を見ながら書いていく。 あと、藤嘉の名前も書かないと。 藤嘉はさっきまで座っていた椅子にまた腰を下ろして、その様子を見ながら言った。 「椋」 「ん?」 「左利き?」 「そう。だから字下手くそなんだよ」 話ながら書いた本のタイトルは、ちょっと間違えてしまった。まぁ、大丈夫か。 藤嘉の名前を書く所まで来て、俺は顔を上げて訊ねた。 「なぁ、『ふじか』ってどう書くんだっけ?」 藤嘉はまたカウンターに頬杖をついていた。 「藤の花の『藤』に 嘉永の『嘉』で『藤嘉』」 「は?かえい?」 「昔の元号」 「はぁ?」 「分かりにくいよな、ちょっと貸して」 藤嘉が手を伸ばしてきたから、素直にペンを渡した。 藤嘉が貸し出しカードに名前を書いていく。 昨日見たノートに書いてあったあの綺麗な文字が、目の前で綴られていく様子は魔法の様だった。 見入ってしまいつつ、俺は気付いた。 「藤嘉」 「ん?」 「お前も左利きなのか?」 ちょうど名前を書き終えた藤嘉が、顔を上げた。 「うん、そう」 「マジかよ!?何でそんな字が上手いんだよ」 「何でって言われても…普通じゃん?」 「普通じゃないよ。左手でそんな綺麗な文字書かれたら、もう左利きを字が下手な言い訳に出来ねぇじゃん」 そう言って項垂れた俺を見て、藤嘉が楽しそうに笑う。 そして、書き終えた貸し出しカードを改めて見てから言った。 「まぁ、ドンマイだな」 藤嘉がカードをこちらに差し出す。 俺が書いた下手くそな本のタイトルと著者名の下に、藤嘉が書いた綺麗な文字が並んでいる。 藤嘉の文字と並ぶと、余計に自分の字の下手さが惨めだった。 早く目につかないところにしまおうと、カウンターの引き出しを開ける。
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