8・おはようとか、いいの?

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今朝はいつもより少し早めに家を出た。 弟に起こされて早起きしてしまったから、仕方ない。子どもは早起きだ。 今日も今日とて、自転車で登校。 朝の空気は初夏の匂いを孕んでいる。 いつもよりほんの少し登校時間がずれているだけなのに、通学路は空いていた。 途中で自転車を降りることなく、スムーズに駐輪場まで辿り着けた。 たまには早く登校するのも悪くないな、なんて思いながら自転車の鍵を掛けた時だった。 「おはよう」 その声に引かれ顔を上げると、そこには藤嘉が立っていた。 藤嘉から声を掛けられたことにちょっと驚きながら、俺は口を開く。 「おはよ」 目が合って、藤嘉がにこりと微笑んでくれた。 長めの黒髪の毛先、今日は跳ねてないんだな。 じゃなくて。 「おはようとか、いいの?」 そう聞くと、藤嘉はきょとんとその真っ黒な目を丸くした。 小首を傾げて俺に聞き返す。 「何が?」 主語が無かった。俺は言い直す。 「おはようとか言っていいの?」 「え?だめだった?」 「女子に見られたら詮索されるんだろ?」 「あぁ、大丈夫。この時間に登校してくる2組の人は少ないから」 そう言いながら藤嘉が歩き出したから、俺も藤嘉から少し離れて歩き出す。 駐輪場から校舎へ向かいながら辺りを見回した。 確かに登校している生徒達の中に知っている顔は少ないな、と思った。 キョロキョロする俺とは反対に、真っ直ぐ前を見たまま歩きながら藤嘉は続けた。 「椋、チャリ通なんだ?」 「うん。藤嘉は?」 「俺は徒歩通」 「へぇ。家近いの?」 話ながら、他愛もない会話だと思う。 けれど、その相手が藤嘉であることが何だか不思議だった。 少し前までの俺は、奏と一緒に藤嘉の後ろ姿を眺めていたのに。
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