8・おはようとか、いいの?

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そう言ったら、藤嘉は眉を下げて笑った。 「ははっ、」 「何だよ」 「いや、断られなくて良かったなって思って」 「そんなことしないし」 そう言った俺を見て、藤嘉は言う。 「優しいんだね、椋って」 「藤嘉は意外と臆病なのか」 藤嘉はまた、ははっ、と笑った。 そして、言った。 さっきとは違う、声のトーンで。 「本当、その通りだよ」 藤嘉のことが『意外と臆病』だと言ったのは会話の流れだったし、そこに深い意味はなかった。 けれど藤嘉が言った『本当、そうだよ』には、妙に実感がこもっていて、何だか冗談めかした方向へは持って行けない感じがした。 「ぁっー…」 俺が続く会話を失った時だった。 「あ。藤くん、おはよう」 俺たちの前、先に生徒玄関にいた2組の女子が藤嘉に気付いて声を掛けた。 「おはよ」 挨拶を返しながら、藤嘉は一瞬足を早めて俺より先に進んだ。 藤嘉が先に進んだことで、並んで歩いていた俺たちに自然と距離が生まれる。 俺は昨日の藤嘉の言葉を思い出す。 『椋に声掛けて、女子に詮索されるの嫌だったから』 成る程ね。 俺は黙って歩く速度を緩めて、藤嘉と距離をとる。 そのまま2組の靴箱の後ろにある1組の靴箱へと向かう。 見『鈴木』同士、大体出席番号は同じだろう、靴箱だって大体同じ位置なはずだ。 靴箱を挟んで藤嘉と向き合う。 向こうからは、微かな声。 「藤くん、宿題やってきた?」 「うん」 「私、全然分かんない所あってさー」 「あぁ。結構難しめだったよね、今回」 くたびれた上履きに足を入れながら、俺も昨日の問題結局解けてないんだったな、と思い出す。 藤嘉が図書室に来るのなら、昨日の問題教えてもらおう。 そう思いながら藤嘉たちより先に、俺は教室へと向かった。
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