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そう言ったら、藤嘉は眉を下げて笑った。
「ははっ、」
「何だよ」
「いや、断られなくて良かったなって思って」
「そんなことしないし」
そう言った俺を見て、藤嘉は言う。
「優しいんだね、椋って」
「藤嘉は意外と臆病なのか」
藤嘉はまた、ははっ、と笑った。
そして、言った。
さっきとは違う、声のトーンで。
「本当、その通りだよ」
藤嘉のことが『意外と臆病』だと言ったのは会話の流れだったし、そこに深い意味はなかった。
けれど藤嘉が言った『本当、そうだよ』には、妙に実感がこもっていて、何だか冗談めかした方向へは持って行けない感じがした。
「ぁっー…」
俺が続く会話を失った時だった。
「あ。藤くん、おはよう」
俺たちの前、先に生徒玄関にいた2組の女子が藤嘉に気付いて声を掛けた。
「おはよ」
挨拶を返しながら、藤嘉は一瞬足を早めて俺より先に進んだ。
藤嘉が先に進んだことで、並んで歩いていた俺たちに自然と距離が生まれる。
俺は昨日の藤嘉の言葉を思い出す。
『椋に声掛けて、女子に詮索されるの嫌だったから』
成る程ね。
俺は黙って歩く速度を緩めて、藤嘉と距離をとる。
そのまま2組の靴箱の後ろにある1組の靴箱へと向かう。
見『鈴木』同士、大体出席番号は同じだろう、靴箱だって大体同じ位置なはずだ。
靴箱を挟んで藤嘉と向き合う。
向こうからは、微かな声。
「藤くん、宿題やってきた?」
「うん」
「私、全然分かんない所あってさー」
「あぁ。結構難しめだったよね、今回」
くたびれた上履きに足を入れながら、俺も昨日の問題結局解けてないんだったな、と思い出す。
藤嘉が図書室に来るのなら、昨日の問題教えてもらおう。
そう思いながら藤嘉たちより先に、俺は教室へと向かった。
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