9・噂

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好きな相手が哀しむのは可哀想だと思う、でも、好きな相手の幸せの先にあるのは自分の幸せじゃない。 今のままなら、自分と相手のどちらかなら幸せになれるけれど、両方は幸せにはなれない。 奏の言葉を反芻して、恋愛における切なさを感じる。 同時に、奏がそこまでそのマネージャーを想っていること、そして、その相手が藤嘉だということに驚いた。 藤嘉って、本当にモテるんだな。 俺は奏に声を掛ける。 「奏」 「ん?」 気の利いた言葉はやっぱり思い付かない。 「なんだ、まぁ、元気だせ」 項垂れたまま奏は小さく言った。 「あとさ、」 「うん?」 まだ続くのか、これ以上何て言ったら良いのだろうかと身構える俺の耳に届いたのは思わぬ言葉だった。 「あの転校生、何か、前の学校に彼女いるらしい」 自分の目が丸く開いていくのを感じながら、自然と喉が動いた。 「…ぇ?」 「告白されても断りまくってるのは、そういうことらしいよ」 丸く開いた目見ていた奏のつむじが動いて、奏は顔を上げた。 ゆっくりと心臓が騒ぎ出すのを、胸の真ん中に感じながら俺は言う。 「…マジかよ」 「マジ、らしい」 「噂だろ?」 「まぁね」 奏は眉を下げ、少し困ったように笑った。 「あーぁ、俺も転校生みたいなイケメンだったらよかったのになぁ」 奏の表情を真似て眉を下げ、俺は答える。 「俺もだな。あんな顔だったらモテたのにな」 「もう今更あの顔にはなれないから、生まれ変わって来世でモテるしかない」 「いや、今世でモテたいだろ」 「ははっ、確かに」 奏がそんな風に自虐的に笑ったから、俺も自虐的に笑った。 笑った、よな?ちゃんと、普通に。 何、動揺してんだ、俺は。
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