10・聞こえた言葉

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誰もいない廊下を自販機がある生徒玄関まで歩く。 俺の足音だけが響く。 藤嘉、朝は来るって言ってたけど遅いよな。 授業は2組も同じタイミングで終わったのに。掃除当番とか?  てか、俺何なの?また藤嘉のこと考えてるしー… 「好きです」 不意に聞こえた言葉に、足を止めた。 「付き合って、もらえませんか?」 続けて、はっきりとそう聞こえた。 目の前は曲がり角になっていて、その先を進めば生徒玄関だ。 つまり、曲がり角の向こうから聞こえたのだろう。 マジか、そっちに進みたいんだけどな。 俺は足音を殺して曲がり角に近付き、チラリと覗いた。 そこに、見えた。 俺達のそれとは少し色の違う藍色の学ランに身を包んだ背中。 背筋が真っ直ぐ伸びている。 学ランの襟に掛かりそうな毛先は、後ろから見ても今日は跳ねてはいない。 藤嘉の、後ろ姿だ。 そこに立っているのが藤嘉だと認識した瞬間に、心臓が跳ねた。 藤嘉の後ろ姿しか見えないけれど、きっとその向こうに誰かいるのだろう。 藤嘉に『好きです』と言った誰かが。 奏が言ってたマネージャー?それとも別の女子?どちらにしてもー… 俺が聞いちゃマズいだろ。 「そんな風に言ってもらって、ありがとうございます」 藤嘉の静かな声が聞こえた。 藤嘉に聞こえてしまいそうなくらい、自分の心臓がうるさい。 早く立ち去らなければ。藤嘉が次の言葉を口にする前に。 そう思うのに、足が動かない。 藤嘉が毛先を揺らして軽く頭を下げたのが見えた。 藤嘉の声が続く。 「でも、ごめんなさい」 「……どうしても、ダメですか?」 女子の声は、あからさまに落胆していた。 藤嘉が続ける。 「ごめん。俺、付き合ってる人がいるから」 女子が息を飲んだのが伝わってきた。 同時に俺も、藤嘉の声で聞こえた言葉に、息を飲んでいた。
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