10・聞こえた言葉

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「………分かり、ました。時間もらって、ありがとう…」 落胆した声で言葉を詰まらせながら、女子はそう言った。 それから小さな足音がパタパタと遠離っていくのが耳に届く。 足音に混じって浅い溜め息が聞こえた。 藤嘉の溜め息だろうか。 そんな溜め息を、俺の心臓の音が掻き消していく。 頭の中には、藤嘉の声が響いていた。 『ごめん。俺、付き合ってる人がいるんです』 …噂じゃ、ないんじゃん。 ……マジか。 キュッと上履きが廊下を蹴る音が聞こえて、ハッと我に返る。 そうだ、藤嘉がこっちに来る。 そう思って顔を上げたら、既に藤嘉は角を曲がって俺の前に立っていた。 視線が交わり、お互いに目を丸くする。 藤嘉は静かに言った。 「びっ、くりしたぁ…いると思わなかった」 さっきの会話を聞いた後で見る藤嘉の顔は、何だか気まずかった。 「ぁ、お、お疲れ」 上擦った声でそう言った。 藤嘉は目を丸くしたままで言った。 「何してるの?」 「自販機に飲み物買いに行こうかと」 別に何か悪いことをしたわけでもないのに、心臓がバクバクいってる。 「ふぅん…」 何故だろう、藤嘉との会話に詰まることが怖かった。 さっきの告白の話題になることを避けたかった。 盗み聞きしてしまったから?いや、多分違うー… 俺は続ける。 「ふ、藤嘉の分も、買ってこようか?」 「いや。俺買ってきたから行かなくて大丈夫だよ」 藤嘉はそう即答する。 「え?」 「図書室、行こ」 藤嘉が一歩踏み出し、俺の横をすり抜ける。 そのまま振り返りもせずに、藤嘉はズンズンと歩いて行く。 藤嘉と擦れ違った時に舞った果実の様な香りと藤嘉の背中を、俺は大人しく追うことにした。 喧しい心臓を落ち着かせる様に静かに深呼吸を繰り返しながら、藤嘉の後について図書室に入った。
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