10・聞こえた言葉

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藤嘉は貸し出しカウンターに鞄を置いた。 近くにあった椅子をガタガタとカウンターの外側に寄せて腰を下ろす。 カウンターの内側のいつもの席に座った俺と、向かい合う。 藤嘉は鞄の中からゴソゴソと、校内の自販機で売っているパックのコーヒーとイチゴミルクを出した。 「椋」 俺の方へと差し出す。 「どっちか飲める?」 「どっちも飲める。てか、選択肢が可愛いな。イチゴミルクって」 「あ、嫌い?俺は好きなんだけど」 藤嘉が照れた様に笑う。 『好きなんだけど』 そんな単語だけ耳に残るのは、さっきの会話を盗み聞きしてしまったせいだろう。 「嫌いじゃ、ないよ」 『好き』だという単語を口にする気にはならなくて、そう答えてからコーヒーのパックを取った。 「あ、金払うよ」 「いいよ。勝手に買ってきたの俺だしね」 「でも、「じゃあ、次は椋が奢って」」 イチゴミルクのパックにストローを刺しながら、藤嘉が言った。 「うん。了解」 次もあるのか、なんて考えながら、俺はコーヒーのパックにストローを刺す。 ストローに口を付ける前に、藤嘉が言った。 「あれ?図書室って飲食禁止?」 「あー…本当はそうだけど誰も来ないし、顧問も飲み物くらいならって黙認してる」 「そっか。んじゃ、遠慮なく」 藤嘉はそう言うと、薄い唇でストローを咥えた。 そんな藤嘉を横目に、俺もストローに口を付ける。 先に一口飲み下したのは、藤嘉だった。 「椋」 「ふん?」 ストローを口にしたままの返事は間抜けなものだった。 藤嘉はカウンターにイチゴミルクのパックを置いた。 置かれたパックを見てから藤嘉に視線を移したのは無意識だった。 藤嘉の奥二重の瞼の向こうの、真剣な眼差しと交わる。 薄い唇がゆっくり動く。 「さっき、聞いてたでしょう?」
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