10・聞こえた言葉

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それははっきりと聞こえたのだけれど。 反射的に小さな声で聞き返していた。 「…ぇ?」 だってそれは、有り得ない言葉だと思ったから。 視線を下げたまま、藤嘉はごく静かに続ける。 「彼女じゃなくて彼氏がいるんだ。前の学校に」 無意識に自分の目が見開かれていくのを感じる。 藤嘉に彼氏がいるって? 彼女じゃなくて彼氏が? つまり、藤嘉の恋愛対象は男で つまり、藤嘉はゲイで つまり、それはー… 藤嘉はゆっくりと睫毛を持ち上げて、俺を見た。 ふっと、微かにえくぼを浮かべて藤嘉は微笑む。 頭で考えるよりも先に、俺は口を開いていた。 「…そっ、かぁ!そうなんだ!いやぁ、それはちょっと、びっくりしたな」 ははっ、と笑って、言えた。 そんなの何とも思わないって感じで、言えたはずだ。 そんな俺を見て、藤嘉は笑みを深める。 「そんなびっくりはしないでしょ?」 小さく呟き、笑顔のままで続ける。 「椋も、こっち側の人間だよね?」 藤嘉の言葉が耳に届く。 こっち側の人間ってー…俺もゲイだってこと? 自分の顔から、さっき浮かべた笑顔が引いていくのを感じた。 藤嘉は続ける。 「突然聞いちゃってごめんね」 藤嘉は一度言葉を切って、こちらを見る。 その口元はまだ何か言いたげだった。 これから続く言葉は、一体何だろうか。 藤嘉が言葉を続ける前に、何か、言わなければ。 ここで沈黙することは、肯定したことになってしまう。 なのに、喉が動かない。声が出ない。 藤嘉は真っ直ぐに俺を見つめる。 俺を見るその藤嘉の目には、確信の色が伺えた。 藤嘉の目は、俺が自分と同じ種類の人間だと確信している。 どうして、バレてしまったのだろう。
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