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男が好きだと自覚したのは、いくつの頃だっただろう。
物心ついた時から目で追うのは女よりも男だった。
成長と共に、自分のその感覚は周りとは違うのだと知っていった。
自分の恋愛対象は男で、自分はゲイと呼ばれる種類の人間だと理解したのがいつだったのかは覚えていない。
ただ、誰に何を言われた訳ではないけれど、それを周囲に隠さなければならないと思った。
自己防衛本能だろうか。
とにかく俺は、誰にも自分の恋愛対象が男であることを言わずに生きてきた。
今日まで、親にも友人にも隠し通してきた。
思春期になれば周りから浮かないように適当に好きな女子をでっち上げたし、エロ本の回し読みにだって参加した。
自分が周囲に馴染めるように、出来る限りに気をつけてきた。
だから、隠し通すことが出来ていると自負していた。
なのに、こんな、言葉を交わすようになったばかりの奴にバレるなんて。
思ってもみなかった。
藤嘉はきっと確信している。
どうしよう、早く、何か言わなければ。
何かって、何をー…
藤嘉は瞬きをしてから、静かに口を開く。
「違うなら違うって言ってもらえば、そのまま信じるよ」
自分の眉がピクリと持ち上がったのが分かった。
それは、藤嘉が用意してくれた逃げ道だろう。
今ならまだ、否定出来る。
「いきなりこんなこと言われてムカついたなら、別に俺のことゲイだって言いふらしたって構わないし。けどー…」
藤嘉の言葉は続く。
「椋もきっと仲間だろうなって思ったら嬉しかったんだよね、俺。黙っていられないくらい」
そう言って、藤嘉は首を傾げた。
長めの黒髪が揺れ、果実の様な香りが舞う。
甘く、ほろ苦い。
頬に浮かんだえくぼを深めて、藤嘉は俺に笑顔を見せた。
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