11・恋愛対象

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こんな会話を、きっとずっと、誰かとしてみたかった。 高校にいるうちに、出来る日が来るなんて夢にも思ってもみなかった。 そんな想いに浮き足立ちながら、俺は続ける。 「じゃあ、名前は?」 「まだ聞くの?」 「名前くらいいいじゃん。まさか彼氏も鈴木だったら驚くけどな」 「さすがにそれはないわ」 ははっ、と互いに声に出して笑った。 藤嘉は口元を隠していた掌を降ろして、腕を組むと背もたれに背中を預けてゆったりと座る。 軽く首を振り、睫毛に掛かった前髪を流す。 「じゃあ、青山?」 「何で青山?」 「俺の友達が青山 奏だから」 「ふふっ、青山でも奏でもないわ」 「じゃあ、何?」 これで答えてくれなければ最後にしようと思って聞いた。 藤嘉は腕組みのまま、んー、と唸ってから静かに言った。 「音弥(おとや)」 静かな図書室に、藤嘉の低い声が優しく響いた。 「おとや?下の名前?」 俺が聞き返すと藤嘉は頷く。 「音楽の音に弥生の弥で、音弥、だよ」 恋人の名前を呼ぶ低く優しい声が、恋人ではない俺の耳にも心地良い。 俺がまた口を開こうとした瞬間、先に言葉を発したのは藤嘉だった。 「はい、もう質問終わり」 「え!?何でだよ」 「俺ばっか質問されるなんてフェアじゃないだろ」 「仕方ないじゃん、俺には彼氏どころか好きな男もいないんだから」 自分で言った言葉に自分で虚しさを感じる。 俺の言葉に、藤嘉はくくっと笑いを噛み殺しながら言った。 「じゃあ、フェアになったら質問に答えるよ」 「はぁ?」 「椋に好きな男が出来たら、俺も色々答えてやる」 藤嘉は腕組みを解いて、俺の目の前に小指を差し出した。 「約束、しよ」
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