15・笑ってんじゃねぇ

3/5

28人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
その名前に、藤嘉の長めの前髪の向こうで黒い瞳が揺れる。 俺は肩で息をしながら途切れ途切れに続けた。 「お前、何で、1人でいるんだよ?デートじゃ、なかったのか?」 その言葉に、藤嘉は一度長い睫毛を伏せた。 ぼんやりとした街灯からの灯りが、長い睫毛の影を藤嘉の頬に落とす。 藤嘉はすぐに睫毛を持ち上げた。 奥二重の瞳が俺を真っ直ぐに見る。 ふふっ、と微笑んでから、藤嘉は言った。 「何か、来れなくなっちゃったんだって」 それは、きっとそうだろうと予想していた通りの答えなのに。 藤嘉の柔らかな低い声で聞いたそれは、俺の腹の中に重く沈んでいく。 藤嘉は笑みを浮かべたまま、続ける。 その笑みは、俺と図書室でいる時に見せるそれではない。 寄ってくる女子を上手にあしらう時と同じ、よく出来た作り笑顔だ。 「まぁ、来れないなら仕方ないよね。でもせっかくだから花火は見てから帰ろうかなって思って。てか、椋は何でここに「ー…んじゃねぇ」」 藤嘉の語尾を遮っていたのは、きっと無意識だった。 よく聞こえなかったのだろう、藤嘉は首を傾げて聞き返す。 「…え?」 俺は整い始めた息を吸い、言葉にした。 「笑ってんじゃねぇ」 俺の言葉が届き、藤嘉の目がほんの少し丸くなる。 俺は続ける。 「デートだったんだろ?こっちに引っ越してきて、初めて会うんだったんだろ?楽しみにしてたんだろ?それを…仕方ないとか、笑ってんじゃねぇ!」 こんなことを、言いたかったわけじゃない。 きっと話を聞いてやって、慰めてやるのが正解なのだと思う。 思うのに、出来そうにない。 無性に苛々する。 音弥が来なかったことにも。 藤嘉が無理矢理笑うことにも。 藤嘉がそんな微笑みで俺を誤魔化せると思っていることにも。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加