15・笑ってんじゃねぇ

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藤嘉が、小さく息を飲んだのが分かった。 驚きだろうか。 それとも、俺にこんなこと言われたくなかったって怒りだろうか。 俺は藤嘉を見る。 そこに作り笑顔はもう無かった。 その唇がきゅっと噛まれたのは一瞬で、藤嘉は唇をゆっくりと動かして言葉を紡ぐ。 「…だって、仕方ないじゃん」 藤嘉が俺を見る。 藤嘉からの言葉が続いていく。 「来れないものは来れないんだから。仕方ないじゃん」 「それはー…「転校したのは俺の都合なんだから、我が儘なんて言えないし」」 俺の語尾を遮った藤嘉の言葉は、少しずつ強くなる。 「俺にはっ!何もどうにも出来ないんだよ!」 長い前髪の向こうで、藤嘉の瞳が歪んでいくのが分かった。 それは今日ここへ来られなかった音弥に対する歪みか、それとも、何も知らない俺への歪みか。 やっと整った呼吸で、俺は訊ねる。 「けど、文句の一つくらいは言えるだろ」 藤嘉が首を傾げた。 さらりと揺れた前髪の合間から藤嘉の微笑みが覗く。 「ははっ。言わないよ。言えないし」 笑い混じりにそう言った藤嘉に、俺は続ける。 「何でー…「言ったところで、音弥は椋みたいにすぐに来てくれるわけじゃない!」」 語尾を、強い口調で遮られた。 藤嘉のその声はひっそりとした校舎に響く。 藤嘉と改めて視線が交わった。 歪んだ目元は泣き出しそうなのに、口元にはえくぼを浮かべて微笑んでいる藤嘉。 「音弥は…音弥はさぁ、」 「うん、」 「椋みたいにすぐに来てくれるわけじゃない」 「うん、」 その姿が、可哀想で、可愛いと思う。 そうだよ。 俺なら、すぐに来られる。 スマホも財布も置き去りでも ヨレヨレの部屋着のままでも いつでも すぐに藤嘉の元へ来てやれる。 そう、俺ならー… 身体が、動く。 俺は何歩くらい歩いたんだろう。 俺はどうやって手を伸ばしたんだろう。 それは分からない。分からないけれど。 俺は藤嘉へ歩み寄った。 俺は藤嘉へ手を伸ばした。 俺は藤嘉を、腕の中に抱き寄せていた。
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