16・あの花火大会の夜から2日経った

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テストが終わって2日。 つまり、あの花火大会の夜から2日経った。 鈍感な奏ですら心配するほどに自分の元気がないことは、自分自身がよく分かっている。 けれど、奏に説明する訳にはいかない。 花火大会のあの夜、学年1位の転校生を抱き締めたなんて… 言えるわけがない。 「…帰ろ」 溜め息と一緒にそう呟いて、教室を出た。 あれから2日、図書室には寄っていない。 藤嘉とも、顔を合わせてはいない。 あの夜から。 あの夜の花火は、八千発上がったと翌日の朝刊の地元欄に載っていた。 俺が藤嘉を抱き締めていたのは、八千発中何発の花火が上がっている間だったのだろうか。 俺の腕の中から藤嘉の身体を引き離したのは、花火の破裂音の合間に鳴り響いた着信音だった。 『ぁ、』 着信音に我に返った俺が力を緩めた瞬間、藤嘉はするりと腕の中から出て行った。 藤嘉はすぐにポケットから取り出したスマホの画面を見る。 夕闇の中、液晶画面の灯りに浮かぶ藤嘉の顔は本当に綺麗だと思った。 灯りに浮かんだ藤嘉は一瞬その端整な顔立ちを歪め、鳴り響くスマホをまたポケットに捩じ込んだ。 俺は言った。 『出なくて良いの?』 『うん、大丈夫』 藤嘉が薄く笑う。 着信音が鳴り止んだ。 俺は、続ける。 『…音弥じゃ、ないのか?』 いや、きっと、音弥だ。 さっき一瞬歪めた顔は、きっと、藤嘉の隠しきれない怒りだろう。 藤嘉は、言った。 『…大丈夫』 否定しないことが、肯定だった。 藤嘉が電話に出ないことを、今日のデートをドタキャンした音弥はどう思うのだろう。 『椋』   藤嘉は静かに俺の名前を呼んだ。 返事のかわりに顔を上げたら、藤嘉と視線が交わる。 『座って花火見ようか』 俺は藤嘉と肩を並べて生徒玄関の階段に座り、花火を見上げた。 花火が終われば『じゃあ、また学校で』とお決まりの言葉を交わして。 俺が藤嘉を抱き締めたことなどまるでなかったように、バラバラに帰路についた。 それっきり、だ。
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