16・あの花火大会の夜から2日経った

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「ぁ、」 藤嘉の姿を認めた自分の瞳が丸くなるのを感じた。 果実の様な甘くほろ苦い香りが鼻を擽る。  藤嘉の姿に、藤嘉の香りに、心臓が一瞬にして早鐘を打ち始める。 藤嘉はえくぼを浮かべた笑みを見せる。 まさかこんなところで会うと思っていなかった。 戸惑う俺とは違う、藤嘉はいつもと同じ笑みだ。 藤嘉が俺に歩み寄る。 放課後の学年掲示板前には、俺と藤嘉しかいなかった。 どう考えても、藤嘉を避けられない。 喧しい心臓を抱えて戸惑う俺を余所に、藤嘉はその薄い唇を開いた。 「椋、おめでとう」 「え?」 思いもよらない言葉に、思わず間抜けな声を上げてしまった。 視線を藤嘉に向ければ、藤嘉は左手の人差し指を掲示板に向けていた。 「あぁ、テスト…」 「学年5位とか、すごいじゃん」 藤嘉はそう言って、ふふっ、と笑う。 いつもの、藤嘉だ。 俺は答える。 「いや、そっちの方がすごいだろ」 藤嘉がそうしたのと同じ様に、左手の人差し指を掲示板の藤嘉の名前へ向けた。 藤嘉はそちらに視線を向け、笑った。 「ははっ。1位とれちゃった」 軽い口調も嫌味ではない。 「すげぇな、本当」 「まぁ、勉強したしね、今回は」  知ってる。 一緒に勉強したから、藤嘉が勉強してたのも知ってる。 喧しい心臓は藤嘉の声になだめられて、少しずつ静かになっていく。 考えるより先に、藤嘉との会話は続く。 「一緒に勉強したのに4位分の差は何なんだよ」 「んー、まぁ、他の奴らも頑張っちゃったのかな?」 「せっかく藤嘉に教えてもらったのにさぁ」 「教え方が悪かったかな?」 「そんなことねぇよ」 「椋、今日も図書室には寄らないの?」 突然のそれまでの会話の流れから反れた質問に、俺は答えに詰まった。 今日も、と藤嘉は言った。 つまり、この2日間俺が図書室に行かなかったことを藤嘉は知ってるということだ。
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