16・あの花火大会の夜から2日経った

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藤嘉を見た。 藤嘉は掲示板に視線を向けたまま、こちらを見ない。 俺が図書室に行っていなかったことを知ってるのは奏くらいだけれど、藤嘉がそれを奏から聞くことはないだろう。 じゃあ、俺が図書室に行かなかった間に藤嘉は図書室に行ってたってこと? 図書室なんか、何の為に? 俺に会う為……いや、まさか。 頭を過るそんな疑問と淡い期待を、軽く首を振って払った。 俺は藤嘉の横顔に言う。 「今日、は、帰るよ」 些かぎこちない返答に、藤嘉はすぐに言った。 「じゃ、俺も帰る」 藤嘉は踵を返す。 一歩、二歩と歩き出す。 その背中を追ってもよいのか、躊躇う。 最近は図書室で向き合うことが多くなっていたから、久しぶりに藤嘉の背中を見た気がした。 今日も今日とてすっと真っ直ぐに伸びた背中が良いな、と思う。 あの背中に俺はこの腕を回したのかと思うと、胸の奥がきゅっとした。 不意に藤嘉が足を止めて振り返った。 「何してんの、椋」 「え?」 長めの前髪を揺らし、小首を傾げて続ける。 「帰るんでしょう?」 「え?うん」 「早くおいでよ」 「え!?」 割と大きめな声を上げてしまった。 俺の声に驚いたのか、藤嘉は一瞬目を丸くしてからすぐに微笑む。 「行くよ」 そんな言葉に引かれて、俺は藤嘉へと歩み寄る。 その背中を、追っても良いのか。 その隣に、並んで良いのか。 この2日間、自分が藤嘉を避けていたというのに、藤嘉に避けられていないことに安堵している。 人影がほとんど無くなった廊下を、藤嘉の左側に並んで歩き出す。 身体の左半分が、熱を持つ。 藤嘉の揺れる毛先。 藤嘉の果実のような香り。 藤嘉の制服の衣擦れの音。 身体の左半分から感じる藤嘉の全てが、勝手に藤嘉を避けてやさぐれていた俺の心を満たしていく。 自分の身勝手さに自嘲気味な笑みが溢れたのを、隣を歩く藤嘉に見られなくて良かったと思った。
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