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藤嘉の重さにフラフラ左右に振られながら、自転車は進み始める。
背中からは楽しげな声がする。
「俺、二人乗りすんの初めて」
俺は言葉を返す。
「んじゃあ、今度は俺が藤嘉の初めての男だな」
これも、いつか藤嘉としたやり取りと同じ言葉だ。
藤嘉が背後で笑う。
「ははっ。今日の俺らの会話、ウケるね。前もしたのと同じ会話ばっかじゃん」
「いや、わざとだろ?」
「まぁ、わざとだね」
以前と同じ会話を繰り返せるということは、俺と藤嘉の間に少ないながらも共通の過去が出来ているということ。
音弥と藤嘉のそれには敵わなくても、俺にはそれでも十分だった。
藤嘉分のペダルの重さでさえ、嬉しく思う。
ペダルを踏み込みながら、俺は言った。
「藤嘉ん家どっち?」
「あっち」
「あっちってどっちだよ?」
「とりあえず駅前まで行って」
「分かった」
駅前にハンドルを向けて漕いでいく。
ちょうど信号が赤になって、自転車を止めた時だった。
ーピロンッー
俺と藤嘉の間に、そんな聞き慣れた着信音が響いたのは。
俺の肩に乗せられていた藤嘉の左手が、当たり前の様にそこから離れた。
振り返らなくても分かる、藤嘉はスマホを確認している。
訊ねなくても分かる、着信の相手は音弥だろう。
浮き足だった気持ちが、急激に冷めていく。
そういえばー…
自分が藤嘉を抱き締めてしまったことでいっぱいになっていたけれど、音弥と藤嘉はあの後どうなったのだろう。
音弥のドタキャンを藤嘉は許したの?
仲直りした?いや、そもそも喧嘩だったのか?
グルグルと回り出す俺の思考を止めたのは、他ならぬ藤嘉の声だった。
「音弥から、だった」
藤嘉はごく静かにそう言った。
「なんかさ。あの日の、花火の日のこと?めっちゃ反省してるらしい」
藤嘉は静かにそう続けたはずなのに、やけに大きく俺の頭の中に反響する。
藤嘉が音弥について話し出すとは、思わなかった。
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