17・聞けない

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今まで俺の前でほとんどその話題をしてこなかったのに。 あの花火の夜に藤嘉を抱き締めた俺に、どうして音弥の…彼氏の話をするの? 今更そんな話、聞きたいわけないだろうが。 俺達が待つ方とは反対側の信号が点滅を始めたのが視界の端に映った。 俺達の待つ信号が青になる。 その瞬間、俺は力を込めてペダルを踏み込んだ。 「っ、ぅわ!」 藤嘉の語尾が、自転車が動き出したその勢いへの驚きで遮られる。 藤嘉の手が慌てた様子で俺の肩へと掛けられた。 「びっくりしたぁ…、おい、椋!もっとゆっくり発進しろよ」 背後からそんな文句が飛んでくる。 けれど俺は返事をせずにペダルを漕いだ。 藤嘉が言葉を続けないように、本当なら何か話題を逸らす様な事を投げ掛けるべきなのに、思い付かない。 フラフラと自転車が左右に揺れながら走り出し、藤嘉の手は振り落とされないようにぎゅっと俺の肩を掴む。 「フラフラしてるじゃん。大丈夫か?」 「大丈夫」 短くそう言って、ペダルをこぎ続ける。 自転車は次第に平衡を保ち始め、真っ直ぐに進む。 安心したのだろう、藤嘉が俺の肩を掴む力が一瞬緩んだ。 同時に、声がする。 「えっと、何の話だった?」 そう問われても、俺は唇を噛んで返事をしなかった。 話の続きなんか、忘れてしまえ。 「あ!そうだ」 忘れてしまえ、花火大会をドタキャンする奴のことなんか。 「音弥がさ、」 刹那。 ブレーキを、両手で力一杯握った。 キキッと甲高い音を立てて、自転車が急停車する。 片足を地面に付いて、藤嘉の重みで自転車が倒れないように踏ん張った。 「うわっ!」 藤嘉が驚きの声を上げ、俺の背中につんのめりながらも片足を地面に付ける。 ハンドルとブレーキを力一杯握ったまま、俺は振り返った。 サドルに座っている藤嘉を見る。 「椋!お前さっきから乱暴「聞けない」」 急ブレーキの藤嘉の文句をそう遮った。 そして、続ける。 「俺、その話の続き聞きたくない」
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