17・聞けない

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「…ぇ?」 俺の言葉が届いた瞬間、藤嘉はそう呟いた。 眉をしかめて怪訝な顔を俺に向ける。 その表情のまま、藤嘉は身体を傾けるとゆっくりとサドルから立ち上がった。 ハンドルとブレーキを握ったままの俺と、向かい合う。 藤嘉が言った。 「何?急に」 それは静かな問いだった。 自分の眉間にも藤嘉と同じ様に皺が刻まれていくのを感じながら、俺は答える。 「聞きたく、ない、その話」 途切れ途切れのぎこちない言葉が藤嘉へ届く。 「…は?その話って何?」 藤嘉を見る。 藤嘉は真っ直ぐに俺を見ていた。 怪訝な顔はお互い様だ。 俺が黙って藤嘉の話を聞いてやれば良かったのは分かっている。 分かっているけれど、聞きたくないものは聞きたくない。 そう思って、『聞きたくない』と言ってしまった言葉を飲み込むことなど、出来なかった。 1度口火を切ってしまったからには、もう戻れない。 大きく息を吸って、言った。 「音弥の話なんか聞きたくないって言ってんだよ」 言った瞬間、身体の真ん中を心臓が内側から一際大きく叩いた。 ハンドルを握る指先が痛い。 藤嘉は一瞬眉間の皺を深めてから、口を開いた。 「だから、何でー…「何でか、分かんないか?」」 藤嘉の語尾を、そんな問い掛けで俺は遮った。 藤嘉が小さく息を飲んだのが伝わってくる。 藤嘉が何か言うより前に、俺は続けた。 「何で俺が音弥の話を聞きたくないのか、分からないか?藤嘉」 藤嘉を真っ直ぐ見遣る。 本当はすぐにでも目を逸らしてしまいたいほど、心臓が震えていた。 だけど、逸らしてはいけないと思った。 ハンドルを握る掌に、爪先が食い込んで痛む。 言葉は止まらなかった。 「花火大会の日にお前を抱き締めた俺が、何で音弥の話を聞きたくないのか本当に分からない?」
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