17・聞けない

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心臓が、身体の内側から騒ぎ立てる。 一度下唇を噛んで、言葉を切った。 視線を反らしたいけれど、そうすることはしなかった。 藤嘉から視線を反らせば、今言った全ての言葉を藤嘉に誤魔化されてしまう気がした。 藤嘉がすぐに言葉を返してくることはなかった。 うっすらと眉間に皺を寄せたその表情の奥では、何を考えているのだろう。 そんな俺の思いなど知らずに、藤嘉はふいに視線を下げた。 それが合図の様に、俺は続けて口を開いた。 「藤嘉、俺はー…「だったら」」  今度小さく息を飲んだのは、俺だった。 それはハッキリとした声だった。 勢いに任せて続けようとした俺の言葉を、藤嘉のハッキリとした声が遮った。 藤嘉の声が続く。 俺の鼓動とは正反対の、酷く静かな声色だった。 「椋が俺の話を聞きたくないんだったら、」 藤嘉が伏せた視線を上げる。 長い睫毛が持ち上がり、奥二重の瞳が俺を捉えた。 薄い唇が、やけにゆっくりと動く。 「俺も、椋のその話の続きは聞けない」 一瞬、言われた意味が分からなかった。 浅い呼吸を2、3度繰り返して脳に酸素を送る。 やっと喉から絞り出した声は、言葉にはなっていなかった。 「……は?」 その呟きは藤嘉の耳に届いたのだろうか。 俺の声に藤嘉は特に反応もしなかった。 藤嘉は項垂れるように一度深く首をもたげてから、また顔を上げる。 「もうここでいいや、今日は。チャリ、乗せてくれてありがとな」 さっきと同じ静かな声でそう言った 浅い呼吸を繰り返す頭に、その声が染みこんでくる。 藤嘉が一歩踏み出し、ザリッとスニーカーがアスファルトを擦る音が聞こえる。 擦れ違うその瞬間に香った、嗅ぎ慣れた藤嘉の甘くほろ苦い香りが俺の酸欠の脳ミソを刺激した。 「藤嘉」 すれ違いざまに、名前を呼んだ。 ほとんど横並びで足を止めた藤嘉に言った。 「言わせても、くれないのか?」 その顔を見る勇気は無かった。 「……じゃあ、またな、椋」 そう言った藤嘉の静かな声だけが、俺の耳に残った。
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