3・鈴木 藤嘉のノート

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「ただいま」 「あ、椋ちゃん、おかえり」 帰宅した玄関先。 ばったり顔を合わせたのは、小学生の妹だった。 俺が手にしているエコバッグを見て、言う。 「椋ちゃん、買い物してきたの?」 「これ?朝頼まれた牛乳」 エコバッグごと妹に手渡し、部屋へ向かおうとしたら「うがい手洗いちゃんとしなきゃダメだよ」と咎められてしまった。 最近やけにしっかりしてきた妹には逆らわず、うがいと手洗いを済ませてから自分の部屋へ入る。 鞄を床に放って、真っ直ぐ机に向かった。 椅子に座る動作さえまどろっこしく、立ったまま引き出しを漁った。 現代文のノートを探す。 「あった」 鈴木 藤嘉のノート。 そのノートは、俺の引き出しにしまってあった。 俺のとは色違いの表紙のノートだった。 表紙には驚くほど綺麗な文字で『2年2組 鈴木 藤嘉』と書かれている。 「本当に俺のノートじゃないじゃん」 ノートを片手に、ベッドへ移動して腰を下ろす。 「全然気付かなかった」 ノートをパラパラと捲ると、微かに図書室で嗅いだ香りが立った。 鈴木 藤嘉。 初めて喋った。 初めての転校生が来ることに学年全体がにわかに盛り上がっていたのは春のことだった。 美少女が来るか、イケメンが来るか、と。 実際に転校してきたのは男だったから、奏を始めとする男子は落胆し、女子は色めき立った。 クラスが違う俺は鈴木 藤嘉と接点なんか無くて。 専ら噂話を耳にするくらいだった。 鈴木 藤嘉は頭が良いとか。 鈴木 藤嘉は優しいとか。 鈴木 藤嘉はイケメンだとか。 鈴木 藤嘉はモテるとか。 そんな噂話を奏なんかと茶化して笑って、傍から眺めて、今日に至る。 『鈴木』という、在り来たりな同じ苗字であること以外に、接点などあるはずもなかった。 なのに。 明日も、図書室に来るって? マジかよ。
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