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彼女の望み
僕は、いつもクラスのマドンナである笹川愛香さんを見つめている。
「はるー、やっぱり好きなの?」
「樹、しー。聞こえるって」
「大丈夫だよ」
そう言って、親友で幼馴染みの樹は笑った。
僕の名前は、遠藤晴陽。隣で嬉しそうに笑い続けてるのは、嶋永樹。樹は、僕をはると呼んでいた。
「でもさ、いい加減。告白しなきゃ!高校は、別だろ?」
「そうだな」
そう言って、僕は、笹川さんを見つめていた。
「どこまで、やったのかな?」
樹がそう言った時だった。
「愛香、帰ろう」
いつも、あいつが迎えにくる。
笹川愛香さんの彼氏である、湯川実だ!
僕は、いつも湯川になりたかった。
笹川さんと手を繋ぎたい。
笹川さんに見つめられたい。
笹川さんの瞳の中にうつりたい。
僕は、ずっと湯川実になりたかった。
でも、なれやしないの何かわかっていた。
そうやっていつも、僕は笹川さんに告白する事が出来ずにいる。
「はる、後、五日で卒業だぞ!言わなきゃ終わっちゃうぞ」
僕は、放課後の教室で、樹にそう言われていた。
「無理だよ…。だって、湯川と付き合ってるんだよ」
「そうかも知れないけど、言わなくちゃ、一生後悔するぞ」
「かもな」
僕は、そう言いながら笹川さんの席を見つめていた。
「はぁー」
僕は、大きな溜め息を吐いた。
「はる、悪い!今日、中島と帰らないとだわ!じゃあ」
「えっ、待ってよ!樹」
「悪い」
樹は、申し訳ない顔をしていなくなってしまった。
何だよ!それ…。
告白する為の相談とかしたかったのに…。
「やっぱ、好きって言えないわー」
誰もいなくなった教室で、一人声に出して呟いていた。
「遠藤君って、好きな人いるんだね!」
その声に、僕は振り返った。
「ごめんね。聞くつもりじゃなかったんだけど…」
心臓がドクンドクンと波打つのを感じる。
「さ、笹川さん」
僕は、うわずった声をあげてしまった。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「忘れ物取りに来たら、聞こえちゃってごめんね」
笹川さんは、申し訳そうな顔をしていた。
「ち、違う」
「何が?」
どうせ、振られるんだ。いいや、言っちゃおう。
恥ずかしさと驚きと心臓の音のせいで、僕はおかしくなっていた。
「笹川さんが好きだ」
息を吐くのに合わせて言えたから、思ったよりも、好きというのは簡単だった。
「遠藤君が、私を…。嬉しい。ありがとう」
そう言って、笹川さんは近づいてきた。
「本当に言ってる?」
「本当よ!凄く嬉しい」
笹川さんは、ニコニコと笑ってくれる。
もしかして、告白は成功したんじゃないのか?
僕は、そう思っていた。
湯川と笹川さんは、もう別れていたんだ。
「じゃあ、笹川さん。僕と…」
その言葉を遮るように、笹川さんは僕の手を握りしめてくる。
「行こう」
そう言われて、僕は笹川さんに連れて行かれる。
「どこに?」
「いいから、いいから。荷物持ってね」
笹川さんにそう言われて、鞄を持って立ち上がった。
笹川さんに手を引かれているだけで、熱を帯びていく。
顔も手も心臓も、全部が熱い。
「遠藤君、私と付き合いたいの?」
そう言いながら、笹川さんは僕をどこかに連れて行く。
「出来れば…」
さっきと違って恥ずかしさで、驚く程、声が小さかった。
「何て、言った?」
車の音や街を流れる音に、僕の言葉は書き消された。
「えっと、いや、あの」
突然、笹川さんが振り返って見つめてくると、僕は途端に口ごもってしまう。うまく話せそうにない。
「まあ、いいんだけどね」
笹川さんは、そう言ってまた前を向いた。
「手繋がなくても逃げないよ」
僕は、ポツリと言った。
「逃げるよ!遠藤君は、絶対に逃げる」
さっきと違って僕の声は、笹川さんに届いていたらしい。
「逃げないよ。僕は…」
「それは、どうかな?」
そう言って、笹川さんは一軒家で止まった。
「今はね、私が部屋みたいにして使っててね!昔、ここに、祖父母が住んでたんだけどね。今は、どっちも亡くなっちゃったから…。学校が終わって、両親が帰宅するまでの間ここで過ごしてるの」
そう言って、笹川さんは、鍵を開けて、緑色の玄関の扉をゆっくりと開いた。
「湯川に怒られない?」
僕の言葉に、笹川さんはニコニコ笑っている。
「大丈夫だよ!実は、気にしないから…」
そう言って、笹川さんは、玄関で靴を脱いで上がっていく。
「早く来て」
「お邪魔します」
僕も靴を脱いで、玄関を上がって笹川さんについていく。
「どうぞ」
笹川さんは、そう言って嬉しそうに笑っている。
「そこに座って!今、飲み物持ってくるから」
そう言って、笹川さんはキッチンに向かった。僕は、ソファーに座る。
目の前のテーブルには、ノートが何冊も置かれている。
笹川さんは、勉強熱心なんだと思った。
「はい、遠藤君」
そう言って渡されたのは、緑色の液体だった。
「メロンソーダ?」
僕の言葉に、笹川さんは頷いている。
「いただきます」
「どうぞ」
笹川さんは、嬉しそうにニコニコ笑ってる。
僕は出されたメロンソーダをゴクリと飲んだ。
「ゼリーみたいだね!何か不思議な飲み物だね」
「でしょう?」
笹川さんは、僕の手にあるドリンクを取り上げた。
「どうしたの?」
「遠藤君は、嶋永君の事好き?」
「樹?樹は、親友だよ。ごめん、何か、頭がクラクラしてきた」
「大丈夫?休んだ方がいいよ」
笹川さんに言われて、僕はゆっくりと目を閉じた。
◆
◆
◆
「ごめんね、笹川さん。僕、寝ちゃって……えっ?」
僕は、その姿を見つめながら驚いていた。
「あー、起きた?よかった」
そこに居たのは、僕だ。
「どうなってるの?笹川さん」
「ハハハ、今は、遠藤君が私だよ」
そう言われて、僕は戸惑った。
「ほら、そうでしょ?」
笹川さんは、僕に鏡を見せてくる。
「どういう事?」
笹川さんは、僕を見つめて頬に触れてくる。
「遠藤君、私ね!性癖が歪んでるんだと思うの」
「何の話?」
笹川さんは、テーブルにあるノートを一冊開いて見せてくる。
「これって、男と男が恋をする話?」
笹川さんは、僕を見つめながらニコニコ笑って話し出す。
「そうなの。これね、全部。実話何だよー」
「実話って、どういう事?」
僕の言葉に笹川さんは可笑しそうに笑い出した。
「私に告白してきた人は、みんなそうされてきたの」
「どういう事?」
「体を交換する期間は、3ヶ月。その間に私は、彼等の体を使ったの。だって、BL《ビーエル》男子ってなかなかお目にかかれないじゃない」
笹川さんは、そう言いながら僕を見つめてくる。
「僕の体が、欲しかっただけ?」
「私ね、ずっと遠藤君になりたかったんだ」
「どうして?」
「だって、遠藤君って眼鏡を外せばかなりいけてるじゃない!それに、嶋永君もかっこよくて…。私の理想とする漫画、そのものなの」
笹川さんは、目を輝かせながら喜んでいる。
「待って、じゃあ、湯川は?」
「あー、彼も同じ。同じ学校の人とは嫌だって言うから、わざわざ他校の生徒に会いに行ったりしてね。で、体が元に戻ると交換条件で付き合う事になったの。でもね、ラッキーな事に私は3ヶ月間、別の誰かになってるでしょ!だから、湯川と付き合ってる気持ちはないの」
そう言いながら、笹川さんはケラケラと笑っている。
大好きだった笹川さんへの気持ちが冷めていきそうになるのを僕は感じていた。
「これからは、遠藤君だけにするから、駄目かな?」
そう言って、笹川さんは僕の体で近づいてくる。
「僕は、どうなるの?」
「遠藤君は、高校生になって新しい人と付き合ってね!ほら、男の娘のBL《ビーエル》の本当に女バージョンとかめちゃくちゃ凄いでしょ?」
笹川さんは、興奮しながら話すけれど、僕には意味が理解出来ない。
「3ヶ月に一回は、体を返してあげるから」
そう言って、笹川さんは嬉しそうに笑うけれど…。
「ちょっと待ってよ!返ってきたら、僕は樹と…」
「付き合ってる」
さらっと言う笹川さんの言葉に、僕は動揺していた。
「付き合ってるって、3ヶ月後は僕に戻るんだよ」
「大丈夫だよ!また、2ヶ月したら変わってあげるから」
嫌々、どう考えてもそんな問題じゃない。確かに僕は、湯川になりたいとは望んだけれど笹川さんになりたいとは言っていない。
それに、樹と付き合うなんて、そんな事一度も考えた事もない。
「笹川さん、元に戻る方法は?さっきの飲み物を飲んだらいける?」
「遠藤君、私を好きなんでしょ?」
笹川さんは、はぐらかすようにそう言ってくる。
「好きとこれは違うよね」
「同じよ!私を好きなら、私を受け入れて…。お願い」
僕の体でありながら、中身は笹川さんだからかな?凄く可愛くてエロい。
「わかった」
わかったら駄目なのに、僕の口はそう言っていた。
◆
◆
◆
中学を卒業すると僕達はバラバラになってしまった。
僕は、あの日から笹川愛香のままだった。
「愛香、いってらっしゃい」
「行ってきます」
僕は、女子高に通わなくちゃいけなくなった。
そして、笹川さんの欲望はエスカレートしていた。
「遠藤君、彼女出来た?」
「あっ、うん」
入学して1ヶ月目、僕は同じクラスの山中雫に告白をした。雫は、眼鏡をはずすと可愛らしい女の子だった。
眼鏡フェチもあるという笹川さんの願いで、眼鏡女子をゲットしたのだ。
僕は、雫によくこう言われた。
「愛香って、男の子みたいだね」
何て、鋭いのだと思った。
けれど、バレてはいけなかったから…。「まさか」と笑っていつも誤魔化している。女子高にいるのは、酷く疲れた。
笹川さんは、卒業式の次の日に樹に告白をした。そして、ただいまお試し期間中だ。
樹が、告白を受け入れた事に僕は驚いていたが…。
笹川さんには、樹は押せばいけるタイプだとわかっていたらしい。
ボーイズラブだけじゃなく、ガールズラブにも目覚めた大好きな笹川愛香の為に僕はこの生活を一生送る事になってしまった。
「楽しみだね!後、1ヶ月で元に戻るんだよ」笹川さんは、嬉しそうに笑っていて、僕はその横顔を見つめていた。
あれから何度も考える事がある。
僕は、ずっと笹川さんの彼氏になりたかったわけで、笹川さんになりたかったわけじゃなかった。
BLやGLをしたかったわけでもなかった。でも、あの片想いの日々よりも今の方が幸せなのはわかっている。これからは、笹川さんが、望む事を叶えてあげたいと思った。
だって、僕以外に君をこんなに理解し愛する人間はいないのだから…。
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