【真鍮とアイオライト】4th 流星群

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『あ』  その何かを掴むため、一歩前へ踏み出そうとした時だった。  す。  と、目の前に何かが現れた。伸ばした掌は、その何かに阻まれて、それから一瞬後、強く、掴まれた。 『…え』  だから、また、何も掴めなかった。  結んだ手には何も握られてはいない。確認するまでもなくわかる。 『なにすんだよ。もう少しで…』  その何かを見上げて、抗議しようとして、はっとした。目の前に立ちふさがった”その人”の向こう側を光が通り過ぎていく。  車のヘッドライトだ。同時に、喧しいクラクション。すぐに連なるように赤いテールランプが通り抜けて、遠くなっていく。  車が近づいていることになんて気付いてなかった。と、いうよりも、ここが車道の端であることも、いくら田舎で、深夜に近い時間とはいえ、高速の入り口に通じている道で、頻繁ではないにしろ車が通ることだってあるってことも、完全に頭から抜け落ちていた。 『危ないすよ』  どこか聞き覚えのある低い声。僅かにそれがどこでだったのか考える。なんだか、深い霧の中で何かを探しているようで、はっきりしない。  さっきから、わからないことばかりで、焦る。  俺は何をしていたんだろう。  掴みたかった?  何を?  星を?  それとも…。  暗い。  この人は…。  一緒に星を見てたのは…。  誰なんだよ。 『前にも、会いましたよね?』  ゆっくりと、一言一言噛んで含めるように。その人は言った。まるで子供を諭すようだと思う。だからなのだろうか、言葉は今度はしっかりと俺の中まで響いた。  それから、声の主は掴んでいた手を握手でもするように握りなおした。  あったかい。 『あのときも、夜だった。今夜は、星、見てました?』  握った手は大きくて暖かかった。よく響く声は、自分の心臓の音を聞いているような静かな響きで心地いい。  その人はすごく背が高いから、顔を見ようとすると見上げるような格好になる。半分もない月明かりが逆光になって顔ははっきりとは見えない。けれど、もう、その人が誰なのかは俺にはわかっていた。 『あ…うん。わり。ありがと』  間違ってるって意味ではなくて、いかにも慣れていないって言う感じの少しおかしな敬語。背の高いシルエットと、低い声と、節の高い細くて長い指。  あの眼鏡の青年だ。 『寝ぼけてた…かな?』  作り笑いを浮かべてそう言ったのは、変な誤解をされたくなかったからだ。別に車が来るのを見計らって車道に飛び出そうとか、そんなことを思ったわけではないから。  ただ。  ただ?  俺は思う。  ただ。の後に続ける言葉が見当たらない。  どうして。  何に。  手を伸ばしていたのか、自分でもよくわからない。  まるで。
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