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『流星群』
低い声が呟くように言う。
俺に言っているのかわからない。月を背にしたシルエットの輪郭がなんだか少し曖昧に見えて、本当に彼なのかと不安になる。何もないはずの彼との間に何かがあるようにゆらゆらと何かが揺らめいた気がした。
『今日、極大なんです』
けれど、彼が握ったまま何故か(もしかしたら、俺が車道に飛び込もうとしたと勘違いして心配しているのかもしれない)離そうとしないその手の温かさは、そこにいるのが、その人本人なのだと教えてくれている。
『近くて。掴めそうすね』
笑った気配。
俺の手を握っていた手が離れる。
名残惜しいと思ってから、そう思ったことに何か複雑な感情が湧き上がったけれど、それは今は心の片隅に押しやっておくことにした。
彼は離した手を今度は空に伸ばす。
ああ。やっぱり、細長くて綺麗な指だ。
そんなことを思った瞬間に。星が。流れた。
それは、強く煌めいて、ほんの数秒で消える。
その火球にほんの一瞬視線を奪われた次に、気付くと、さっき車が通り抜けた車道に女性が立っていた。 目の前に立つ青年の肩越し。その向こう側に。
髪の長い、綺麗な人だった。オーバーサイズの、多分自分のものではないだろう暖かそうなコートを着て、マフラーを巻いて、手袋をして、彼女は微笑んでいた。微笑んではいるのだけれど、それは、幸せそうと言うには、透明度の低い何かが混じったような微笑みだった。
あ。そか。
その笑顔を見ていて、気づいた。
寂しい。
だ。
微笑みの中の小さな不純物。
それは寂しさだ。
きっと、何か大切なものを失くしたのだろう。だから、彼女は寂しくてここにいる。
その思いが、夜の、黒い大気を漣のように揺らして、俺にも届く。言葉にする以上に雄弁にその震えは心を揺らした。
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