【短編版】前世の記憶を取り戻したので最愛の夫と離縁します〜悪女と評判でしたが天才治癒師として開花したら、なぜか聖女が自爆しました〜

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「いったいどうなっているのっ!」  聖女アメリア・シュヴァルツコップは苛立ち混じりに手にしていた金杯を壁に投げつけた。 「ひぃっ……!」  室内にいた女性神官達が悲鳴を上げて、うずくまる。  彼らは神殿でアメリアの側仕えをしている女性達だ。 「気に食わないわ……どうして王宮に滞在できないのよ!」 (原作では確かにそうなっていたはずなのに……っ!)  アメリアには前世の記憶があった。そして自分が大好きだった『星降る夜の恋人たち』の小説の主人公だと気付いた時は歓喜した。  しかし、アメリアは貧民街の生まれだったために『いくら作者がシンデレラストーリーをやりたいからって、どうして私を貧乏人にしたのよ!』と憤慨した。いっそラルフと出会ってから前世の記憶を取り戻せたら幼少期の苦労もせず楽だったのに……と、不満タラタラである。  貧民街から遠い豪華な王宮を見上げては『いずれ、あの場所は私のものになるのよ。私は国母になるわ』と野心を燃やしていた。  そして幼少期から発現した神聖力を十八歳になるまで磨き、貧民街で慈善活動をしていたシュバルツコップ侯爵に猛アピールして養女にしてもらったのだ。貧乏な両親とは縁を切り、最初から貴族で生まれたかのように豪華な生活を満喫した。  シュバルツコップ侯爵は強欲な男で、アメリアが役に立ちそうだと思ったらしく、すぐに利害が一致した。  そしてアメリアの思惑通り、間もなく神託がくだって神殿から正式な聖女として認められたのである。 (これで、後はラルフ様に出会うだけ……!)  後は薔薇色のストーリーが広がっているはずだった。  毒婦アシェリーから国王ラルフを救い出し、彼と結ばれる。ラルフの弱みに付け込んで妃となったアシェリーを廃妃させ、残酷に処刑してやるのだ。  そして大勢の人に感謝されながら、迎える結婚式。愛するラルフを救えるのは私だけ……最高のラブストーリーとなるはずだった。 「それなのに、どうしてラルフ様は私を歓迎しないのよっ!」  再び金杯を花瓶に打ち付けると、ガシャーンと激しい音を立てて瓶が砕ける。  荒い息を吐きながら怒りをあらわにしているアメリアに、女性神官は床に這いつくばりながら恐る恐るといった風に発言する。 「お、おそらくは……アシェリー前王妃の影響かと」 「アシェリーが?」  アメリアは元王妃を横柄に呼び捨てにして顔をしかめた。それに表情を強張らせた神官達にも気付かない様子で。 「ええ。お二人は離縁なさってからも、週に一度は王宮で逢瀬を重ねられているようです。むしろ以前よりも仲が深まっており、また再婚するのでは……と噂されておりますので……」 「なんですって……!? それはどういうこと!?」  それはアメリアにとっては寝耳に水の話だった。  詳しく女性神官から話を聞けば、小説とは違った流れになっていることにアメリアは気付いた。 (そういえば……あの悪女は小説だとまだ王宮にいて、ラルフ陛下のいとこのエルシーを毒殺しようとして投獄されていたはずなのに……)  アシェリーは貴人用の監獄に幽閉されたが、ラルフの弱みを握っているせいで、すぐに王宮にも戻ってくるのだ。  しかし隣国との関係も悪くなったせいで国内外からも反発があり、アシェリーの王妃排斥の流れができる。  ラルフは臣下達との間で板挟みになり困り果てていた時に聖女アメリアと出会い、救われるのだ。  晴れて悪女に頼らなくても済むようになったラルフは精神的にも解放される。  苦し紛れにアメリアを殺そうしたアシェリーを、アメリアとラルフは力を合わせて倒すのだ。 (だからアシェリーは本来なら今は王宮内で監禁されていたはずなのよね……なのに、エルシーの毒殺をはからずに自分から陛下と離婚して出て行った。そのせいで展開が変わってしまっているんだわ!)  アメリアは歯噛みした。  悪女が王宮からいなくなったことは、むしろ面倒ごとがなくなって良かったと思っていたのだが、こんな弊害が起こるとは……。 「悪女め……さっさと正体を表せばいいものを……っ」  アメリアは豪奢に飾り立てられた室内をぐるぐると歩きまわる。 「何か……ラルフ陛下とお近づきになれる方法はないかしら……? きっと私ともっと会話してくだされば、ラルフ様も私の魅力に気付いて原作の流れに戻るはず……」  アメリアのぶつぶつとしたつぶやきに、女性神官の一人がおずおずと進言した。 「それならば、魔物討伐はいかがでしょう?」 「魔物討伐?」 「ええ。毎年この秋の時期に森で魔物狩りをするのです。魔物を減らして、冬眠から覚めた時に森の食料が足りず人間の村を襲わせないようにするために」 「なるほど……確かにそういうイベントもあったわね」  魔物狩りは貴族達の一大イベントだ。王宮からはラルフが軍を率いて出撃する。アメリアは彼を癒やすために随行することになっていたはず。 (でも、このままだと悪女がいるから私は呼ばれないかもしれないわね……)  それを想像してアメリアは渋い顔をして、女性神官達に命令した。 「それでは、ラルフ陛下に遣いを出してちょうだい。私も魔物狩りに同行すると知らせて」 (あんな悪女の好きにさせるものですか。きっと猫をかぶってラルフ様に取り入っているんだわ。絶対に化けの皮を剥がしてやる……!) 「せ、聖女様……?」  女性神官達が困惑の声を漏らす。  言動が聖女にふさわしくないことに疑念を感じ始めている神官達にも気付かず、アメリアはそう意気込んでいた。  ◇◆◇  ラルフが治療院に足を運んでから二か月ほどが経った頃。  アシェリーはサミュエルと共に、国王軍の魔物討伐に同行していた。 「アシェリー、疲れていないか?」  そう隣で馬上のラルフが声をかけてくれる。アシェリーは「ええ」と、うなずきながらも、お尻の痛みに耐えていた。 (ああ……馬術なんてしたことなかったから……!)  二か月ほど前、ラルフから魔物狩りへ随行する医療部隊の指揮を頼まれ、快諾したまでは良かったのだが、アシェリーは馬に乗ったことがなかった。  しかし、魔物討伐に行くなら馬に乗れなければ話にならない。  どうしたものかと悩んでいたら、ラルフが「ならば、俺の馬で練習したら良い」と提案してくれたのだ。  それから週に二、三回、ラルフの治療で王宮に行く日以外も練習させてもらうことにした。予想外だったのは、なぜかラルフが『練習に付き合う』と言い出したことだ。 『乗馬を教えていただけてありがたいですが……陛下はお忙しい身ですのに』  そう恐縮するアシェリーに構わず、『いや、魔物狩りに付いてきてもらうのは、こちらの都合だからな』とラルフは照れたように笑った。  それを思い出して、アシェリーはこそばゆくなる。前より会う頻度が増えたせいもあってか、二人の仲は以前より近付いていた。 (原作では、私が魔物討伐に同行することはなかったはずだけれど……)  そう思いながら、アシェリーは後ろの馬車にちらりと視線を送る。  馭者の後ろのガラス窓には、聖女アメリアの姿があった。アシェリーを苦々しく睨みつけている。 (……なんだか、視線が痛いわ……)  向こうからしたら悪女がラルフの近くにいることが不愉快なのだろう。  しかし、アシェリーとしても本当は遠慮して後方で馬に乗るつもりだったのに、なぜかラルフの従者達に彼の隣に導かれてしまって、いつの間にか並んで乗馬していたのである。完全にハプニングと言っても良かった。 「お~、ずいぶん睨まれてるな。アシェリー」  そう苦笑いしながら後ろで乗馬しているサミュエルが言った。 「サミュエル、大丈夫?」  アシェリーが声をかけると、サミュエルは「全然平気」と笑う。意外なことに、馬の足取りも安定しており、彼の乗馬技術は目を見張るものだった。  彼は治療院にいるはずだったのに、『アシェリーが心配だから』と言って付いてきてくれたのだ。  アシェリーとサミュエルの会話に、なぜかラルフは面白くなさそうな表情をしている。  野営地に到着すると、アシェリー達は馬から降りた。  ラルフは部下にいくつか指示を飛ばした後、アシェリーに向き直る。 「アシェリー、休憩するから一緒にお茶でも……」  ラルフがそう誘ってくれたが、アシェリーは遠慮がちに首を振る。 「陛下、ありがたいお言葉ですが、私はもう妃ではないので……一緒に行動していては聖女様に誤解されてしまいますわ」 「聖女? どうして、ここで聖女が出てくるんだ?」  困惑しているラルフに、アシェリーは何と説明したら良いのか迷う。 (この魔物討伐は陛下と聖女が仲を深めるイベントなのよね……)  そして王宮で囚われているアシェリーがそのことを後から知り、悔しがる流れだ。それをきっかけに、嫉妬に捕らわれたアシェリーが暴走していくことになるのだが……。  すでに魔物狩りに同伴しているので流れが変わりつつあるが、アシェリーはこれ以上二人の邪魔をしてはいけないことを心得ていた。 「私はサミュエルと過ごします。どうぞ、お構いなく」  胸の痛みを堪えながらそう言うと、ラルフが顔をゆがめた。重々しい沈黙に包まれて、アシェリーは戸惑う。 (私……何か間違ってしまったのかしら?)  ラルフを不快にさせるようなことを言ってしまったのか? と困惑していると、後ろからサミュエルが満面の笑みで肩を抱いてくる。 「そういうわけで、陛下。こいつは俺と過ごしますので、失礼します」  なぜかラルフがサミュエルを射殺さんばかりの鋭い目で睨みつけていたが、サミュエルはまったく動じることなくアシェリーを強引に輪の中から連れ出してしまった。 「はい」  サミュエルにチタン製のシェラカップを渡される。中には温かい野菜スープと、固パンが浸されていた。 「ありがとう」  アシェリーは笑顔で受け取る。  サミュエルはアシェリーの隣の木の根元に腰を下ろした。  二人がいるのは部隊がテントを張っているところから少し離れた場所だ。炊き出しの匂いが漂ってきている。 (陛下は……聖女様と仲を深めている頃かしら……)  原作のイベントを思い出して、アシェリーは胸がチクリと痛んだ。けれど自分に何かできるはずがない。あれだけ彼を苦しめておきながら、さらに二人の仲の邪魔なんてできるはずがなかった。 「もしかしてだけど……陛下って、アシェリーのこと好きなんじゃね?」  唐突なサミュエルの言葉に、アシェリーは飲みかけていたスープに噎せた。せき込んでいるとサミュエルが「わり。大丈夫か?」と言って優しく背中をさすってくれる。 「サ、サミュエル!? そんなわけないじゃない」 「そうかなぁ? あれは別れた女房に送る視線じゃないぞ。ものすごい未練がましさが漂っていた」  真面目な表情でサミュエルが腕を組んで言う。  アシェリーはラルフの態度を思い返して、自嘲の笑みを浮かべて首を振った。 「まさか。陛下は誰に対しても親切なのよ」  これまでは悪女のアシェリーに対してだけ辛辣だった。だが、その関係が改善して、ようやく他の人と同じくらいの扱いになっただけだろう。アシェリーはそう考えていた。  なおも何か言おうとサミュエルが口を開きかけたが、その時にタイミング悪く、アシェリーの元に人がやってきた。  治療師らしき白衣をまとった中年の男と、まだ年若い青年がアシェリーに頭を下げる。 「お話し中、申し訳ありません。私は軍医長をしております。アシェリー様の医療衛生の論文を拝読しました。ぜひ、お話をお伺いしたく……」  興奮した様子で話し始めた軍医長を見て、サミュエルは気を遣ったらしく「じゃ、俺は別のところで食べるわ。後でな」と食事を持って去ってしまった。
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