ラブホテルで心を通わせる二人

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「とても奇妙な感覚だった。体は気持ちよくて射精しているのに、気持ちはまったく興奮していなかった。女性を愛撫しても、征服欲とか支配欲とか、そういうものはまったく湧かなかった。だが肉体的に気持ちよくはなったから、少しでも満たされたくて何回か通った。……だが空しくなってそのうち行かなくなった」 「……そう、なんだ」  マティアスの風俗事情を知り、麻衣は何とも言えない感情を抱く。  同情するいっぽうで、マティアスが夢中になって風俗に行っていたのではないと知り、喜んでしまう自分がいた。  けれど彼の事情を知ると、くだらない事で嫉妬していた自分がとても狭量で情けなくなる。 「だからもしかしたら、女性に主導権を握られるのが苦手かもしれない。だが相手がマイなら話は異なる。好きな人になら何をされても嬉しい。しかしマイを抱けるだけでも幸せなのに、それ以上の事を望むのは強欲な気がする」 「強欲なんてそんな」 (セックスするぐらい……)  彼の事情は分かっていても、ついそう思ってしまう。  同時に、普通の事を普通にできずに過ごした彼に、憐憫の情を抱いた。  だからこそ、「私が幸せにしてあげられたら……」と願うのだ。  今後の事はまだ詳しく決まっていないが、マティアスと一緒になる覚悟は決めた。  優しくて気配りのできる彼なら、喧嘩もほぼせず、穏やかに結婚生活を送れるのではと思った。  その中で、マティアスが何かを望めば、セックスだろうが何だろうが、可能な限り応えたい。 「大丈夫。いつか〝普通〟は〝普通〟だって思えるようにしてあげるから」  濡れた手でマティアスの頬を撫でると、彼は愛しそうに目を細め、麻衣の掌にキスをした。  風呂から上がって体を拭いていると、マティアスが「俺がマイの髪を乾かしたい」と言い、そうしてもらう事にした。  美容室以外で誰かに髪を乾かしてもらうのは初めてで、気恥ずかしい。  けれど自分がとても大切に扱われていると思えて、鏡越しにマティアスの顔を見てはニヤついてしまった。  ドライヤーのスイッチが切られたあと、麻衣の髪はすっかりサラサラになった。 「ありがとう」 「どういたしまして」  マティアスはそう言って、自分の髪も乾かし始める。  麻衣は〝続き〟があるのだと思うとまた緊張してしまい、ソファに戻ってウーロン茶を一口飲んだ。 (どうやって始まるんだろう)  そう思っていた時、洗面所から戻ったマティアスが提案してきた。 「ベッドに行かないか?」 「えっ? えぇっ!?」 (直接きたな!)  あまりにも直球すぎて、麻衣は心の中で思いきり突っ込んだ。 「う、うぅ、…………うん」  麻衣はうろたえつつ、ギシッギシッと人形のような歩みでベッドに向かう。  そして少し迷ったあとに、花びらでハートが描かれてあるベッドに腰かけた。  するとマティアスもベッドの上に座り、麻衣の髪をサラリと撫でてくる。 「っ!」  緊張した麻衣に、マティアスは優しく笑いかける。 「ちゃんと乾いてるな。こうやって女性の髪を乾かすのは初めてなんだ」  そう言ってマティアスは麻衣の髪をもてあそび、「コシのある髪だな」と呟く。 「マ、マティアスさんは……」  麻衣も同じように彼の髪を触ってみる。 「あれ、意外と柔らかい」 「ヨーロッパ人はアジア人と比べると、割と髪が柔らかいほうだと思う」 「そうなんだ。…………気持ちいい」  麻衣はサラサラとマティアスの髪を掻き混ぜ、自然と微笑む。  すると、その手を掴まれて、甲にキスをされた。 「……俺としては、マイの口から別の『気持ちいい』を聞きたい」 「あ……」  マティアスは手に唇を押しつけたまま、上目遣いに見つめてくる。  青い瞳に見つめられ、麻衣は動揺して視線を逸らした。 「マイ。愛してる」  そう言ってマティアスは、麻衣をゆっくり押し倒した。  そして彼女に愛を乞う。 「マイを愛してもいいか?」 「……ど、どうぞ」  おずおずと頷くと、マティアスは微笑んでキスをしてきた。  ガウンの紐が引っ張られると、風呂上がりの火照った肌に空気を感じる。  かと思うと、下着一枚の体が晒された。  彼が最初に触れたのは胸だった。  先ほどバスルームでも触られたが、水中とはまた違った感覚がする。  マティアスは麻衣の肌質を確かめるように乳房を撫で、囁いた。 「マイの肌は気持ちいいな」  そう言ってもらえて、今まで感じた事のない〝女としての喜び〟が心を満たしていく。 「ありがとう」  本当は恥ずかしいが、相手がマティアスだから素直になれる。  そのあとも彼は優しく胸を揉む。  マティアスの指が先端をかすめるたびに乳首が凝り立ち、麻衣は緊張と気持ちよさで、はぁ……と小さく吐息をついた。 「大丈夫か?」 「うん」  マティアスはいつもまっすぐに麻衣を見る。  恥ずかしい事をしているのに、そんなふうに見つめられると、もっと恥ずかしくなる。 「……目、閉じてていい?」 「そのほうが楽なら構わない」  了承を得て、麻衣は目を閉じる。  彼に見つめられる恥ずかしさはなくなった。  だがその代わりに感覚が鋭敏になって、体から得る気持ちよさが倍増した。 「ん……。あぁ……、ぁ……」  マティアスの手が、胸からお腹に移動した。 「あまり触らないでほしい」と言ったからか、彼はお腹をしつこく触らず、腰に手を滑らせる。  それから臀部から太腿を撫でられ、いよいよ秘部に近づく。  麻衣は緊張して息を吸い込んだ。  ――と、乳房に温かな息がかかったかと思うと、チュッ……と胸の先端にキスをされた。 「んっぁ、あ……」  麻衣はビクッと身を震わせ、思いきり体を緊張させる。  するとマティアスは彼女の気持ちを和らげるために、「大丈夫だ」と言って二の腕を優しくさすった。 (大丈夫……。大丈夫)  頭の中ではグルグルと、「裸を晒して恥ずかしい」「信じると決めたのに、肉付きがいいって嗤われてないだろうか」という不安が渦巻いている。  それに加えてマティアスに愛撫されている気持ちよさも加わり、頭の中がパンクしてしまいそうだ。  麻衣は自分の事を、普通の人以上に羞恥耐性がないと思っている。  いつも「恥ずかしい」という感情を抱えて生き続けていた。  大人になって一見明るく、何を言われても平気に見えていたのは、訓練をした結果に過ぎない。  いつまで経っても太っている事にコンプレックスを抱き、それなのに何一つとして自分を変えようと前進できない自分を嫌悪してきた。  体も心も、すべて恥ずかしい。  そんな自分を、マティアスは受け入れてくれた。  麻衣が「恥ずかしい」と思っている事を、彼は嗤わない。 (この人を……、信じるって決めたんだ……!)  麻衣は恥ずかしさと気持ちよさの狭間で、必死に自分と戦っていた。  いつもの自分なら、ちっぽけなプライドを守るために、怒るか逃げる事で恥ずかしさを誤魔化していただろう。  逃げ癖のついている自分と戦わなくては、〝普通の女性の幸せ〟は手に入らない。  ――そうか。  麻衣は歯を食いしばり、顔を真っ赤にしてプルプル震えながら納得した。 (世の中には太っていても彼氏や夫のいる人はいる。けどその人たちは、体型をカバーする長所があった。もしくは相手が体型なんて気にしない人だった。……私があらゆる事から逃げて色んな人を馬鹿にし続けてきたのは、……臆病だったからだ。そして、自分を受け入れてくれる人の存在を信じられなかった。誰にも、何にも、期待していなかった……)  麻衣は口内に溜まった唾を嚥下し、荒くなる呼吸を必死に整えようとする。  マティアスは何度も丁寧に麻衣の乳首を舐め、吸っていた。 (望めば手に入ったかもしれないのに、私は諦めて無い物ねだりをして、努力した人を僻んでいただけだった……)  理解した瞬間、ポロッと涙が零れた。  ――変わろう。  心の中で、強く誓った。  自分は運良くマティアスと出会い、愛された。  きっかけは運でもいい。  舞い込んできた幸せであろうが、自分で掴んだものだろうが、関係ない。
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