続 花も実もなきタクシードライバー

1/1
前へ
/1ページ
次へ
1 【眠 狂四郎】見参  個人タクシー K 氏は 代表作「眠 狂四郎」で知られている往年の大スター 市川雷蔵に似ていると、若き日噂されたことを自慢にしていた。 個人タクシー営業開始にあたり、屋号を【狂四郎タクシー】と考えたが あまりにおこがましいと文字を変え【京四郎タクシー】で登録した。 市川雷蔵が故人となって久しく、彼個人も老化の波が押し寄せた。夜間頻尿による睡眠不足の常態化が営業活動に影響した。 当初は駅の客待ち待機所での居眠りにより後続タクシーから責められた。  彼は「すまないね 【居眠 狂四郎】で申し訳ない」と再々謝っていたが、そのうちお客様乗車中に信号待ちで眠ってしまい、苦情を受け付けた陸運局に呼び出され業務指導を受けた。 彼は仲間に「参ったよ 今日は【居眠 要指導】だった」と口ほどには応えていなかった。 数ヶ月後脳梗塞で倒れ、自宅療養中の彼を見舞った古い仲間が「元気になって又戻って来られるよう頑張れよ」と励ましたが、ベッドで口をもつれさせながら「俺はもうダメだ 今はもう【寝たきり狂四郎】やから」と寂しく笑っていたそうだ。 2 肩書はいつまでも【元社長】 法人タクシー L運転手はバブル時代に起業、一時羽振りが良かったが間もなく倒産 借金だけが残りこの業界へ。 夢は今も忘れられず同僚にいつも過去の栄光を自慢。 クルーザーを所有し女優を招いた船上パーティーの話を繰り返す彼を大勢の人が避けるようになった。 本人は気が付いていないが、誰彼構わず偉そうに元社長の口振りで説教を垂れ、嫌われ者の地位確立。 見栄っ張りなので債権者のみならず 昔の同業者や元社員が乗客になったら 即日退社し別のタクシー会社へ これがパターン化 既に4社を転々としている。 倒産直後は様々な会社へ自信満々就職活動するも当然不採用の連続、本人は面接まで行けばと思い違いしていたが、気付けばタクシーしか残っていなかった。 不本意な彼は「これは仮の姿一時避難」と考えているので乗客に対しても上から目線の横柄な態度、売り上げも低く彼ほど同僚に乗客に会社に嫌われた運転手は珍しい。 その後 個人タクシーを目指すも講習会を出禁になる始末。 余程の事をやらかしたのだろうが内部で秘密裏に処理し、永久追放が決定したようだ。 まだまだ借金が残っているので今の会社を首にならないよう 少しは反省 生き方を変えた方が・・・・ 3 「カムバック賞」差し上げます 人付き合いの良い個人タクシー M氏は飲み会の誘いは絶対断らない。 時々飲み過ぎて仕事を休む事もあるが決して怠け者ではない。 奥さんもそれは解っていて「身体を壊さないように気を付けて楽しんでくださいね。機嫌よく暮らすのが大切」と理解を示されていた奥さんが急死。 沢山の友人が慰めたが、彼の落ち込みは激しく全く仕事に出て来なくなった。近日中にアルコール依存症になり体を壊し廃業するのは目に見えていた。 友人 α氏が必死の説得で 奥さんがそれを最も恐れ嫌っていた事を思い出させ、嫌がる M氏を青空の下に引っ張り出し α氏のソフトボールクラブの練習試合で無理矢理打席に立たせた。 野球経験者でもありソフトボールを少し甘く見ていた彼は 多少アルコールが残っていたとはいえ、まして相手投手はヒョロヒョロ球の70歳過ぎの老人。 結果は見事に空振り三振の屈辱。 このショック療法で体力不足を大いに反省、翌日から仕事に復帰し気力体力を取り戻しソフトボールクラブに入部。 現在中心選手として活躍中と聞く。 飲み会の優先順位はソフトボールの下に変わり 試合前日には断っている。 奥さんの代わりには程遠いけど新たな楽しみが彼を支えている。 4 缶ビールじゃない 本生編 個人タクシーは売り上げの為には寿命を縮める事も厭わず 長時間営業する者数知れず、一方で自由気まま ギャンブル・飲酒・女性関係に溺れる者 それと筋金入り 根っからの仕事嫌い怠け者で 怖いのは奥さんだけ その目をかすめ誤魔化し フリだけで一日を過ごしている者もいる。 個人タクシー N氏は一日で一番忙しい時間帯には決して営業出庫しない。 世間が落ち着いた9時頃にお気に入りの場所で客待ち、駅前や繫華街を避け夏は木陰・冬は陽だまりと客の有無は気にせず客待ち駐車。 仕事のフリは妻と近所への見せかけで実質無営業、僅かの売上と年老いた母に無心 妻のパートで暮らしている。 妻は薄々感づいているが長年の事と諦めているらしい。 同僚は彼を本当の怠け者と認め【本なま】のレッテルを貼った。 5 缶ビールじゃない 純生編 O氏は資産家に生まれ、45歳迄働く必要が無くおっとり暮らしていた。 周りから見れば純粋に怠け者で【純なま】と呼ばれた個人タクシー運転手。 毎日の売り上げ目標は 昼食代・終業後のビールプラスガソリン代のみ。 運が良ければ朝の通勤通学帯だけで達成出来る金額だけに余分に稼いだ翌日は休業、雨の日 雨予想の日も休業。 理由は「車が汚れるのが嫌だ」と言ってるが、本当はガレージまで距離があるため 合羽や雨傘で歩くことを面倒くさいと思っているから。 売り上げの無い日は昼食抜きビールも我慢、そのお陰か中年太りとは無縁の細身。 もちろん妻も働き 子供が無いので何とか暮らしている。 法人タクシー時代から売上ランクリストで最下位争いの常連だったらしい。 毎日の勤務時間不足で賃金カットを毎月喰らっていたのに、解雇されなかったのは社長の囲碁仲間だったから との噂。 6 缶ビールじゃない 一番搾り編 【本なま】【純なま】のベテランに迫る鮮烈な新人が現れ、それが個人タクシー P運転手。 彼は【一番搾り】にあらず【一番サボり】と呼ばれた。 どれ程忙しくても 朝食昼食時必ず家へ帰りゆっくり楽しみ10時3時のオヤツも欠かさず帰宅、時には昼寝も 夕食時には営業終了。 営業時間は当然僅か、営業スタイルも変則的で絶えず片道しか営業しない。 繫華街で空車になっても自分の帰りたい場所まで{回送板}で走行。 途中で手が挙がっても信号待ちでドアをノックされても無視して帰る{片道タクシー}。 本人曰く「方向音痴で地理に自信が無い」そうだ。 個人タクシー試験合格しているにもかかわらずだ。 私が思うにこれは言い訳、多分 食事オヤツ昼寝の時間に追われているからに違いない。 7 ギャンブル狂は治らない ギャンブル狂 Qは法人タクシー運転手。 寮住まいなのに財布はいつも空っぽの貧乏人で怠け者だが【貧なま】と呼ぶ程の可愛げは無い。 基本給が保障された会社勤めだが、彼は出勤日数不足の常態化で給与はゼロ、社会保障分はマイナスで会社のお荷物。 早々と有給休暇を使い切り 毎週 身内の法事・葬式を創り上げ、親戚皆殺し状態に仕立てギャンブル場通い、それでも足らず噓の病院通いの病欠。 会社もウンザリしていた矢先、営業車に乗ったまま3日間帰社せず行方不明、捜索願を出そうとした時 悠々と帰社入庫、聞けば「営業区域外のギャンブル場で友人と遊んでいた」と答えた。 いくら運転手不足でもこれには呆れて即解雇・寮退去通告。 8 尊敬して欲しい Rは一般企業定年後の法人タクシー転職者。 終身雇用制の恩恵を受け、あまり能力は高くなくとも年功序列のお陰で定年まで勤め上げた。 しかしその同僚によると評価は低く下請け企業への再就職はなかった。 タクシー運転手は売上高が命、それにより仲間の視線が違う事に直ぐ気付き、売上リストトップになる目標を建てた。 生まれて初めて他人に敬意を払ってもらえるチャンスを逃がすわけにはいかない。 なりふり構わず頑張ったがトップに届かないので最後の手段{自己資金投入作戦}開始。 ところがこれが簡単でないのは、無乗客で料金メーターを倒し長い距離を走り回る事が必要で 普通の営業が出来ない。 そこで乗客の無い時も小まめに料金メーターを倒し、終業2時間前から営業区域外で人家の少ない所をたっぷり走り回って入庫。運転日報では架空の乗客が想像外の場所で乗降となる珍現象。 毎月20万円程度投入のお陰でトップに登り詰めたが同僚は不自然さに直ぐ気付き見抜いて馬鹿にした。 皆が知っている事を伝えると「20万円入れても給料で半分帰ってくる」と変な理屈をこねていた。 会社は運転手募集広告の売上実績として大喜びで利用、これに誘われ騙されて入社した者もいた。 同僚の誰かが「会社にやらずに俺たちにその金くれた方が仲間は喜ぶし、おまえの欲しがっている{尊敬}もしてくれるかもな」       そのうち強力な新人が現れ、投入金20万円では足りなくなり30〜40万円になり2年で金力・体力が尽き 殆ど尊敬される事なく退職した。 9 永遠の洒落男 ダンディな運転手と云えば個人タクシー S氏を置いて他はない。 法人タクシー時代、ダサイ制服を彼が粋に着こなしていたのは、ハンサムでそのスタイルの良さによるものだった。 個人タクシーになりそのファッションセンスはあらゆる分野に及んだ。 ピッカピカの高級国産車は3年毎に買い替え、聴いてる音楽も【ヒゲダン】と云えば漫才師【髭男爵】しか頭に浮かばない 演歌一辺倒の周囲のオヤジ運転手とは一線を画している。 【あいみょん・米津玄師・髭男爵ならぬOfficial髭男dism等々】イマドキの若者文化にも精通。 近頃は立派な口髭も蓄え、益々渋く苦み走った男っぷり。 そして最近のファッションは三つ揃いの高級スーツにモカシンの白黒靴そしてソフト帽 まるで1930年代マフィアスタイル。 ソフト帽はやり過ぎと思っていたが、目立ち始めた頭髪の後退を隠す必須アイテム。 彼が【ヒゲダン】の話題に触れるたびに、仲間は 妬み嫉みを込めて「ヒゲダンと言うより ハゲの旦那で ハゲダン」と囁いている。 運転手は本当に悪口が大好物。 10 カーナビを超えた 個人タクシー T氏は運転手にとって誰もが身につけたい特技の持ち主、{方向音痴の真逆}つまり正確な方向感覚を有していた。 例えるなら 音楽家の絶対音感に匹敵するものだ。 運送屋のトラック運転助手でスタート、その後小型トラック運転手から大型トラック横転手と経歴アップし、ほぼ全国を走り回りこの才能を開花させた。 安物のカーナビ以上の正確さで 初めての場所でも確実に目的地に到着「あいつは飯を食うカーナビだ」と仲間は感心し頼りにしていた。 子供が生まれたのを機に、不規則勤務のトラックからタクシーに転職したが、その営業区域の狭さに物足りなさを感じた。 それならと割のよい観光タクシーを目指し一念発起 歴史・地理地学を猛勉強、中学・高校教師に負けない知識を習得した。 たまたま修学旅行下見の先生に絶賛されその後は指名重用大活躍。 収入も増えて本人も満足していたが、生徒達のアンケートでは「せっかく遊びに来たのに勉強の話ばかりで、教室と同じ気分だったのでもうちょっと面白い話 して欲しかった」との不満。 がっかりしている彼を見て誰かが「あいつ、そのうち吉本の養成所に入ったりして。 そうなったら本当 お笑いやな」と陰口。 これは彼が真面目な頑張り屋と認めている証。 タクシー運転手は多種多様、正に【人間博物館】景気が悪くなればなるほど毎日新しい標本(失礼!)が入ってくる。 今日はどんな奇人変人に会えるか楽しみにしている。 【花も実もなきタクシードライバー】シリーズは事実に基づいていますが個人を特定するものではありません。 続々編もご期待に応えるストーリー。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加