続々 花も実もなきタクシードライバー

1/1
前へ
/1ページ
次へ
1 日本のサムライ女子ここにあり 個人タクシー運転手 U嬢は歴史好き。 特に戦国時代を得意にする、いわゆる歴女。 年齢はあまり若くはないが独身で、中々魅力的。 合コンにも招かれ参加もしている。 時には歴史好きの男性と出逢う事もあるが、彼女のあまりのマニアックぶりに相手は恐れをなして引き下がり上手くいかないらしい。 そんな彼女が最近しょっちゅう仕事を休み、韓国旅行を繰り返している。 さては韓流ドラマにハマリ聖地巡礼でもしているのではと、質問すると「秀吉の朝鮮出兵が引き起こした悲劇に、宗主国【明】の対応は充分だと考えているのか、その後の東アジアに与えた影響を知りたくて現地調査している」そうだ。 理解不能の答えに戸惑いつつ、「旅費だけでも相当かかっているのと違う?」 「そうね 、貯金はドンドン減っていくし、お陰で 円も縁も薄くなる一方」と朗らか笑顔。 これぞ{日本のサムライ女子ここにあり} 2 ガキ大将は一人ぼっち裸の大将 法人タクシー V運転手は大柄で悪相。 ガキ大将がそのまま大きくなった風貌。 噂では若い頃組事務所に出入りしていたらしい。 労働争議が盛んな頃、当時から{強きを助け弱きを挫く}タイプで会社側に立ち活躍、先々代社長に気に入られ、暗黙の了解のもと様々な特権を得た。 例えば3年毎の新車乗り換え、支給品の制服・石鹼・タオル・ワックスに至るまで彼の自由にさせた。 そのおこぼれ目当てに会社幹部も含む大勢の取り巻きができ、ますます我儘放題。 先々代・先代の間はそれが通用、しかし大学で経営学を修めた現社長が就任して、彼の特権を含め非生産的非合理的事柄は、全て改め切捨てられた。 社長が 「Vは定年後 嘱託にせず辞めてもらう」と公言した時、反対の声は上がらず味方は一人もいない事が明らかになった。 定年の日【ガキ大将は 一人ぼっち】で一人寂しく去っていった。 3 ミスター ミスマッチ① 時代が変わり最近は高学歴運転手が増えている。 W氏もその一人で一流大学卒業後一流企業に勤務したが対人対面恐怖症を発症、苦しんだ末に退職。 この病気に対応出来る業種としてタクシー業界へ来た。 入社後半年間は彼にとって研究調査期間だった。 先輩たちの知識経験値を積極的に蒐集、A I のビッグデータ分析同様の事をその優秀な頭脳内で行い、最適最善の営業時間場所を割り出し実走、忽ち売り上げトップになった。 これまで売り上げ上位の常連組はまるで歯が立たなくなったが、とりわけ自腹で売り上げ水増しでトップを張っていた運転手は心折れ金尽きた状態で脱け殻となった。 Wの給与はタクシー運転手としては高給だが前職には及ばず、気分は充足しなかった。 運転手仲間や乗客と接し揉まれるうち次第に病状が改善されると、2年後彼は外資系企業へ再転職しバリバリ働いているそうだ。 彼はやはりこの業界には相応しくない人物 完全なる【ミスマッチ】と言える。 4 ミスター ミスマッチ② 相応しくない人物と言えばもう一人、法人タクシー X運転手。 二種免許実地試験は、一般的に5〜10回で合格するが彼は19回を要した。 会社の養成制度を利用したので、合格後3年間は勤務する契約だ。 途中で辞めると養成費用の返済が求められる。 ようやく合格入社したが、僅か3ヶ月で3度の事故を起こした。 法人タクシーは自動車保険に入っていないので、運転手に応分の負担は求めるが大半は賠償・修理用に会社が備えプールした金で対応しているが大損害を被る。 大多数の会社は、徹底的に事故を嫌い事故常習者の情報を他社と共有している。Xは養成費用返還義務を確約後解雇された。 彼のタクシー再就職は困難と思われるでしょうが、ある大手タクシー会社では、事故はあくまで本人の責任で、会社は一切関わらず責任は負わない。 【事故の責任は自己責任】という笑えないジョークのような方針を貫いている。 その会社なら雇ってくれるだろうが、そこで事故を起こせば、被害者も加害者も地獄。 {君は この仕事に向いてない事に気付けよ。他の仕事をさがすべきだ}と誰か忠告しないかな。 5 おひねり大歓迎 釣銭は運転手の身銭であって会社が用意するものではない。 絶えず金欠の自称元大衆演劇の役者 Yは法人タクシー運転手。 行き当たりばったりで計画性のない性分、いつも充分な釣銭を持たずに営業。 そのため両替がしょっちゅう必要となる。 買い物なしでは商店で小銭を手に入れられず、結局タクシー仲間が頼りだが毎度顔を会わす度では皆迷惑。 しかし彼は断られても次々「両替々・・」と繰り返し頼んでくる。 その態度は悪びれた様子もなく平然としている。 その姿を見ていると、つい「よっ 両替屋!」と、ふざけて声を掛けたくなる。 彼にはもっと深刻な問題がある。 お客さんが近場だった時、メーター倒し忘れを装い 受け取った金をポケットに入れる料金不正{ゲンコツ}をやってる。 「給料安いのやから これくらいは許される」と身勝手な理屈。 いずれ見つかり解雇されるに違いない。 6 不合格万歳  個人タクシーは相当額の任意保険加入義務が法律で定められている。 保険契約が何らかの事情で結べないと当然廃業。 それと二種免許更新が出来ずタクシー運転手を諦める人も多数。 加齢により一般的な視力検査も要注意だが、遠近識別能力を計る{深視力検査}が難物。 個人タクシー Z運転手はこの数年毎年のように大事故を起こし、保険会社が契約延長を渋っていたが、大手個人タクシー組合御用達業者としては断り切れず、今回限りと組合長立会いで契約続行。 だが数週間後追突事故! 保険会社の不安は的中、大きな出費に不満を抱いたが契約期間満了までまだほぼ1年。 組合長に Z氏への退職勧告を願ったが「何を言っても本人次第のお手上げ状態」と匙を投げられた。 とはいえ組合長の面目丸潰れで保険会社は期間満了まで毎日戦々恐々。 しかし1月後の免許更新で深視力検査不合格となり免許失効。 廃業届手続き完了後の Z氏を見送って組合長 保険会社は安堵。 その夜彼らは{不合格万歳}の祝杯を挙げたと思う。 7 組合長は{何かやる!}  法人タクシー a運転手は自営業からの転職組。苦労人らしく誰にでも気さくに話しかけ、慣れない新人や人見知りで孤立している人を取り込み 仲間入りさせる面倒見が良い人。 金以外の事ならどんな相談にも気軽に応じ、個々バラバラになりがちな運転手達を、接着剤的に上手く結び付ける貴重な人物で、会社は違うが悪い噂、悪口は聞いたことが無い。 その後見掛ける機会が減ったので、町の中心部繫華街で営業しているのかと思っていた。 実際は同社運転手達の圧倒的支持を集め、僅か3年で御用組合とはいえ、{彼なら何かやってくれる}と皆の期待を一心に背負い、組合長に就任していた。 半年後彼は{やってくれた!} 組合費持ち逃げ、行方をくらましたのだ。 彼を知る全員が 啞然とし、人を見る目のなさに恥じ入るばかりだった。 ここで教訓【タクシー運転手に決して大金を扱わせるな】 8 葬儀屋ケンちゃん  冠婚葬祭ハイヤーグループに属する個人タクシー b氏は通称{葬儀屋ケンちゃん}と呼ばれている。 名前は可愛いが顔は真逆。 額に刻まれた深い縦皺、悲しみを堪えているような小さな目、真一文字に結ばれた厳めしい口元、まさに【ザ・マンオブ葬儀】の顔。 喪主が乗る車に相応しいエースと認められている。 他のメンバーは婚礼の仕事もこなすが、彼は決して呼ばれない。 この顔のせいで、実の娘の結婚式を欠席させられそうになった、と言う話もあるほどだ。 彼を笑わせようと下らないジョークでトライする者もいたが、鉄壁の守りに跳ね返された。 しかし最近{彼の笑顔を見た}と言う仲間がいた。 真偽を確かめたいと b氏本人に聞くと、おもむろに懐からスマホを出し、その待ち受け画面を私の目の前に突き出した。 そこには破顔というのがピッタリの ほどけ切った彼の笑顔。 その手の中には、到底血がつながっているとは思えない可愛い赤ちゃん。 「初孫だ」とちょっと恥ずかしそうに、だけどいつもと違う緩んだ顔で一言。 30年以上要して作り上げたその葬儀顔を、一瞬で打ち壊した待ちに待った初孫誕生。 おじいちゃんの【葬儀屋ケンちゃん】この孫の為にも、これからも頑張って。 余談だが今も婚礼用のオファーはないそうだ。 9 下剋上 法人タクシー c運転手は堅実な企業に就職し妻子にも恵まれ平穏な家庭を築いていたが、ある日上司と口論、売り言葉に買い言葉で男らしく{とんでもない勘違い!}退職。 タクシー会社の誇大広告につられ転職。 初月給で現実を知ったが時すでに遅し、仏頂面で給与明細を奥さんに見せた。 その日まで{従順な妻}を演じていたが怒りを抑えた声で「これは一時金ですか?それとも・・・」「全部や」 そのせつな、大声でこれでもかと言うほどの罵詈雑言、帰宅した常日頃優しい娘がその仔細を知った途端、妻以上の声で二人揃って非難攻撃口撃、【君子豹変】ならぬ【妻子豹変】。 これぞ下剋上!家庭内序列最下位に墜ちた瞬間だった。 以来 修行僧の如く忍耐の日々で10年経過。 仲間に誘われ煽られ個人タクシーになろうと決心、奥さんに告げると 初期投下資金・収支見通しを明らかにする見積書の提出を命じられた。 友人に相談 借入金と水増しの売り上げ計算書を出した。 一目で「却下!甘すぎる、お役所仕事の見積もりよりまだ甘い」その一言で全て諦め{短気は損気。後悔先に立たず}の言葉を胸に今日も出勤。 10 ネイル 出前します  隣のガレージに新人運転手 d嬢が入社。 勤務シフトが同じで30前の彼女から見れば、50代の私は気安く声掛け出来る人畜無害のオジイさん。 終業後洗車しながら話してみると、彼女はネイリストとして有名店で結構長く勤め、高い技術も身に付けていたが安月給。 一度昇給を申し出ただけでオーナーから「嫌なら辞めろ。うちで働きたい人は幾らでも居る」と言われ辞めたそうだ。 「ネイルサロンやのに手元見ないで足元見やがって」と面白い怒り方に私は噴き出した。 本当はネイル続けたい彼女に、知人で営業中に社交ダンスの出張教授サービスで会社に見つからないよう稼いでいた運転手の事を話した。 彼女は大いに興味を示したので「派手にやり過ぎないようにな」と忠告すると「爪伸ばし過ぎないよう気を付けます」頭の良さ回転の速さが解る洒落た返事に私はファンになり精一杯応援する事を決めた。 それ程遠くない将来、彼女は自前のサロンを経営しているだろう。 頑張れ‼  人生は タクシードライバーとそれ以前に分けられる。 収入・時間軸交友関係・趣味・価値観が変わると別の人間。この際タクシードライバー族と名付けて独立した人種に登録しても良い・・・ちょっと大袈裟でした。     
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加