3人が本棚に入れています
本棚に追加
「ああっ、ああっ、ああっ」
ラースは首を左へ、右へとふり、身体をつっぱらせ、もがいた。すでに彼のまわりの海水は、まっ赤に染まっている。
まるでサメだ。足首から先はなくなり、すねにその歯がおよぶ。次に、ひざ。さらには情け容赦なく、ふとももまでが食いちぎられていく。
ラースはあまりの痛みに、失神することもできず、いまやただ脱力感にとらわれ、うめくばかりだった。
赤く染まった海面から、突然老婆が頭を出した。あごを動かし、くちゃくちゃと肉と骨を咀嚼している。
老婆はラースを見て、ニヤリと笑った。
咀嚼し終わったものを呑みこむと、桟橋に手をかけた。思いがけない身軽さで、海から上がる。上半身はしわだらけの人間の老婆の姿。下半身は巨大な魚の尾ひれ。まぎれもなく人魚だ。
老婆が、頭上からラースに語りかけてきた。
「あんたのDNAはもらった。これが人魚のはらみかたなんだよ。悪く思わないでおくれ。おかげで、ほら、あたしのおなかには、もうあんたとあたしの子が……」
ラースはふらふらと頭を持ちあげ、老婆を見あげた。
桟橋の端に腰をおろした老婆が、しわだらけの手で、自分のおなかをさすっている。そこには確かに、子をはらんだふくらみができていた。そして、そのふくらみは、ひと呼吸ごとに、大きくなっていくのだった。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!