3人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
両手でラースのほほをはさみこんだまま、老婆は話しはじめた。
「あれは、いまから二百年以上も前になるだろうかねえ。
あんたの八代前の男は、この国の王子だった。あたしは彼にひとめぼれしてね。人間になりたいと、人魚の魔女に申し出て、人間にしてもらったんだ。喜んで王子のもとへと駆けつけたものさ。
でも、やがて王子は別の女と結婚することになった。恋に破れたあたしは、死ぬ運命にあった。それが魔女との契約だったからね。
あたしは海に飛びこんだ。ところが、死なずに体中がこんなあばただらけになって、生きながらえた、というわけさ」
老婆はラースを見ているようでいて、実はその目は彼を通りこして、ずっと昔の夢を見ているようだった。
そういえば、とラースは思う。父や叔父さんが自慢するわが家の家系に、大昔、そんな女たらしの王子がいたという話を聞いたことがあった。
食いこむ爪の痛みに顔をゆがめながら、ラースは尋ねた。
「それがどうした? 何百年も前のご先祖さまのことで、いまさら復讐しようって言うのか?」
言うなり、ラースはうめき声をあげた。上のほうから髪をつかまれ、乱暴に引っぱられたからだ。
「口のききかたに気をつけるんだよ、坊や。叔母さまに口ごたえすると、承知しないよ」
桟橋の上から、若い女が吐き捨てるように言った。ラースをここへ誘った美少女だった。
「まあまあ、アンナ、そんなに乱暴な口をきくんじゃないよ。ラースはあたしの大事な人なんだからね」
「……はーい」
アンナと呼ばれた美少女は、ふてくされたように返事する。
最初のコメントを投稿しよう!