人魚姫はいま

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◇  両手でラースのほほをはさみこんだまま、老婆は話しはじめた。 「あれは、いまから二百年以上も前になるだろうかねえ。  あんたの八代前の男は、この国の王子だった。あたしは彼にひとめぼれしてね。人間になりたいと、人魚の魔女に申し出て、人間にしてもらったんだ。喜んで王子のもとへと駆けつけたものさ。  でも、やがて王子は別の女と結婚することになった。恋に破れたあたしは、死ぬ運命にあった。それが魔女との契約だったからね。  あたしは海に飛びこんだ。ところが、死なずに体中がこんなあばただらけになって、生きながらえた、というわけさ」  老婆はラースを見ているようでいて、実はその目は彼を通りこして、ずっと昔の夢を見ているようだった。  そういえば、とラースは思う。父や叔父さんが自慢するわが家の家系に、大昔、そんな女たらしの王子がいたという話を聞いたことがあった。  食いこむ爪の痛みに顔をゆがめながら、ラースは尋ねた。 「それがどうした? 何百年も前のご先祖さまのことで、いまさら復讐(ふくしゅう)しようって言うのか?」  言うなり、ラースはうめき声をあげた。上のほうから髪をつかまれ、乱暴に引っぱられたからだ。 「口のききかたに気をつけるんだよ、坊や。叔母さまに口ごたえすると、承知しないよ」  桟橋の上から、若い女が吐き捨てるように言った。ラースをここへ誘った美少女だった。 「まあまあ、アンナ、そんなに乱暴な口をきくんじゃないよ。ラースはあたしの大事な人なんだからね」 「……はーい」  アンナと呼ばれた美少女は、ふてくされたように返事する。
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